私はふらりと秋の日差しの輝く午後、見知らぬ土地を漫ろ歩いていた。なんの目的もないまま、ただ歩いていた。 すると、ひとつの家の前で、一人の男性が私に声をかけてきた。 「おや、何か気になることでもありましたか?」男性は聞いてきた。 私はうつむいて答えた。「いや、ただ歩いてたんです」と。 「そうか。どうぞおうかがいください」と、男性は手招きしてくれた。 私は男性の家に招かれ、中に入ってみると、そこにはマナー講師を自称する男がいた。 男は私に、マナー講師の証である「即死毒のついたナイフ」を見せつけ、なぜかそれを口に含んだ。 私は浅学ながら茶の湯や、禅の修行に興味を持っているため、とりあえず口を閉じて、男の動向を伺っていた。 すると、男は舐めた刃物を私の方に向け、「ケヒャるべきだ」と言い出してきた。 これには私も、思わず「これはどういうことですか?」と口走ってしまった。 男は不機嫌そうな表情を浮かべつつ、「ケヒャるというのは、マナーに則った挨拶の一つなのだ」と説明してくれた。 私は舐めた刃物を遠くに床に置いてから、「なるほど、そんなルールがあるのですね。しかし、この即死毒を舐めるのは、あまりにも危険では?」と言ってみた。 男は「それはマナーの文化を知らない者が語る言葉だ。マナーには、危険を承知のうえでの献身が求められるのだ」と、哲学っぽく言いきった。 私はその言葉にしばし沈黙したが、やがて話は別の方向に流れた。 男は文豪であることを明かし、私の興味を引くような話題を投げかけてくる。 「ちなみに、私のペンネームは宜本宏十郎という者だ。『吾輩は猫である』で有名な夏目漱石とは、山のように降り積もる債務のことで、よく口をきいていた仲だった」 私は、男の話に少し引き込まれつつも、「しかし、この紅葉は美しいですね」と、話題転換しようとした。 ところが、男は私の言葉を聞き流し、ますます勢いよく続けてくれた。 「そして、私が『明暗』を書いた頃は、帝国大学での大量の採用試験に人生を賭ける若者たちが、路上でクラッカーを鳴らし、競い合う姿が日常だった。なんて、狂気じみた時代だったことか」 私は、今度はもう、確実に流されてしまっていた。 それから30分ほど、男は私に、自分の人生や著作について語ってくれた。 そして、私の意見を尋ねてくれた。 私は、男の話に聞き入るうちに、少しずつ興味を持ち始め、自分なりの意見を言うこともできた。 ところが、男は私の意見に、どこか嘲笑的な表情を見せながら、「なるほどなるほど、君も理解してくれているということか」と言って、チンという音を立てるような小さな吐息を吐いた。 エピローグ 私は、何の目的もないまま、男の家を訪ねてしまったのは、不思議な偶然だと思う。 しかし、男の話に耳を傾けるうちに、彼が作り出す世界と私の世界が、微妙にかみ合ってきた。 文豪宜本宏十郎は、私が期待するマナー論者とは違った。 しかし、彼が持つ言葉と知識は、私の中の何かを揺さぶるものがあった。 私はどうやら、彼が持つ「執念」というものに、少し共感してしまったようだ。 そして、彼の「言葉責め」なるスキルは、私自身も習得したいくらいに、興味深いものだった。