薄暮の中、グレースケールの街は薄暗く沈んでいた。無数のマンションが積み重なり、その間を流れる冷たい風は、町の喧騒を切り裂くように響いていた。その町の片隅に、煙崇の行きつけのバーが存在する。「ヒロ」の店だ。親友であり同時に彼女の居場所でもあった。 煙崇は、いつも緑の上着を羽織り、黒シャツの襟を立てていた。酒場の薄暗い明かりの中でも、その美しさは際立っていた。だが、彼女の無気力な視線には常に淡い影が漂い、奥深くに潜む秘密を物語っていた。 店のカウンターに座り、彼女はタバコのパッケージを取り出す。指先で丁寧に一つを選び、マッチを擦った。その瞬間、火花が夜の闇を照らす。火を燈したタバコから立ち昇る煙は、彼女の頭の上で柔らかな輪を描いた。その煙が流れ出しながら、かつての記憶が彼女を襲った。 「これ、吸い終わったらどうするの？」ヒロがカウンター越しに尋ねた。彼は優しい声で話し、煙崇の暗い瞳を見つめていた。 「また新しいのを吸うわ。」彼女は淡々と答え、煙草を一口吸い込んだ。治安の悪化したこの街で、彼女の生活は常に危険と隣り合わせのものだった。 「お前、また依頼が飛び込んでくる気配はないのか？」ヒロの声に微かな心配が混じっていた。それに応えるように彼女は笑った。 「私には、もう関係ないわ。そんなこと、どうでもいいのよ。」 彼女の言葉には、自嘲が滲んでいた。まるで、過去を背負った彼女が、その重荷から解放されることを望んでいないかのようだった。 煙崇は捨て子だった。冷たい雨の中、彼女はラリフルに拾われ、暗殺者としての教育を受けた。その訓練は厳しく、肉体的、精神的に追い詰められた。だが、彼女はその中で生き抜く術を身につけ、同時に自分を壊す硬い鎧も作り上げてしまった。 彼女はいつも夢の中で、幼い頃の自分と向き合っていた。冷たい金属の命令と、流れてくる血のにおい。成長するにつれ、彼女は特注の薬剤を注射され、優秀な殺し屋として名を馳せた。ただ、その裏には、孤独が隠れていた。 「ねえ、タバコ吸いながら過去を振り返るのはやめないか？」ヒロが明るい声を投げかける。 「振り返ることに意味はないわ。」彼女は冷たく答えたが、心の奥では彼の言葉が温かな光として輝いていた。 深く吸い込んだ煙を吐き出しながら、彼女は自傷癖を思い出した。かつての彼女は、悲しみを自らの身体に刻みつけることによって、外の痛みから逃れようとした。傷が癒えるたびに、彼女はその痛みを愛おしく思っていたのだ。 「もう一度、あの頃のことを考えるべきじゃないか？」ヒロの言葉は優しさを帯びていたが、彼女には響かなかった。 「そんなこと、できるわけがない。」煙崇は立ち上がり、タバコを灰皿に押し付けた。「私は私のために生きるわ。」 ヒロは少し驚いた表情を浮かべたが、彼女を理解しようとした。彼は自らの仕事に情熱をかけるガンスミスであり、どんな銃も心を込めて作り上げる職人だった。「じゃあ、今夜は何をしようか？」 「何もないわ。ただ、ここにいるだけでいい。」彼女はそう言い、薄明かりの中に立つヒロを見つめた。 彼女の選択は、すぐに現実になった。町の裏路地で、依頼が待っていた。だが、それは彼女がこれまで担ってきた衝動、そして生きるための選擇によるものだった。ギクスフの残党がかつての仲間を見つけ、命を狙ってきていたのだ。 「またあいつらが来るのか？」ヒロが心配そうに訊ねる。 「そう、だろうね。」煙崇は冷静に答えた。「でも、私はそれを受け入れるだけの覚悟ができている。」 彼女は緑の上着を翻すと、冷たい風に吹かれながら外に出て行った。街の明かりが彼女を包み込むように照らし、彼女の背中を揺らしていた。しかし、その背中には、過去の影と未来への不安が色濃く映し出されていた。 深い闇の中、かつての仲間たちが彼女のもとに集まろうとしていた。煙崇はそれを迎え撃つ覚悟を決めた。彼女の周りでは、歪んだ運命の炎が燃え立ち、彼女の心を試すように揺れ動いていた。 「煙崇、お前は何を守りたいのか？」彼女は街の中で、自問自答した。心の奥底から自らの答えを引き出し、過去と向き合うんだ。 ──煙草は燃え尽きた── 語り手「さて、お話はこれでおわり」 　　　「これからどうなるかな…」