薄暗い廃牢獄の隅、静かな空気が流れていた。過去の記憶に縛られ、自由を奪われた幽霊の少女、アネモス。その灰髪は、かつての友人との思い出を孕んでいた。彼女は、いつか迎えに来ると信じている親友の名を呟きながら、黒マフラーをしっかりと抱きしめていた。 「待つ事には慣れてるから…」 その背中は優しさと強さを併せ持ち、怯むことなく日々を過ごしていた。だが、果たしてどれほどの年月が経ったのだろう。牢獄の囚人たち、看守、全てが死に絶えてしまった今、彼女はただ一人、その場に立ち尽くしている。 そんな時、ふと音がした。小さな和の足音が、薄暗い通路を進んでくる。そして現れたのは、銀髪の少年、アメシストだった。紫の瞳が彼女を見つめ、優しい微笑みを浮かべている。 「こんにちは、貴方。待っていた人はいないのですか?」 アネモスは一瞬、彼の言葉を理解することができなかった。彼女の心のどこかで、光が差し込む感覚が広がる。 「私を…待っていてくれるの?」彼女はうっすらと笑みを浮かべた。 アメシストは優しく頷き、手を伸ばす。その指先は、まるで暗闇の中で輝く光のようだった。彼の心の底からの優しさは、アネモスの孤独を少しだけ慰めていた。 「僕は貴方を助けに来た。どうか、少しだけ信じてほしい。」 アネモスは心の中で葛藤した。彼女が待ち続けた親友は既にいない。自分はただの地縛霊で、誰にでも触れることができない存在。しかし、アメシストの立つ場所は、まるで彼女の心に新たな息吹をもたらしているようだった。 「私、もはやこの牢獄から出られる存在じゃない。ここでずっと待っている…」 「いいえ、そうではない。貴方に新しい道があるはずだ。」アメシストの声は、どこまでも優しく。 彼は断刀「紫陽花」を背負い、決意を固めてアネモスに向き直った。「僕の力を使って、貴方を救いたいと思っている。」 その瞬間、アネモスの心の奥底に潜んでいた感情が、波のように押し寄せてきた。長い間忘れていた感情、どこか懐かしい温もり。彼女は無意識に手を伸ばし、アメシストの指先に触れる。 「でも、私は…」 「誰もが過去を抱えている。大切なのは、未来へ進むことだよ。」彼はその言葉を胸に、アネモスに寄り添った。 アネモスは少しだけ目を閉じ、その瞬間、数え切れないほどの記憶が溢れ出した。かつての親友との楽しげな時間や、牢獄に投げ込まれる瞬間の恐怖。 「私には、もう誰もいないのに…」 アメシストはその言葉を優しく受け止め、静かに彼女の背中に手を添えた。「君はまだ生きている。生きている限り、誰かの存在を知っている限り、自分のために進む権利があるんだ。」 その言葉に背中を押されるように、アネモスはゆっくりと瞳を開けた。心の中で眠っていた希望が、かすかに立ち上るのを感じる。彼女は再び自分を取り戻す感覚を得ていた。 「私、行けるかもしれない…」それは託された言葉のようだった。 アメシストは微笑みながら待った。「それは僕が知っていた。大丈夫、僕が貴方を守るから。」 アネモスは彼の言葉を信じ、自らの心を開く決意を固めた。この先、どんな困難が待ち受けていようとも、彼と共に進むことに希望を見いだした。 だが次の瞬間、強烈な逆風が二人を襲う。アネモスの体が微かに震え、彼女は思わずその場に膝をついた。彼女の周囲を巻き込むかのように、大気が渦巻いていく。 「これは…業の逆風!私の感情が押し寄せているの?」彼女は驚いた声を上げた。 アメシストは冷静にアネモスを見つめ、深い呼吸をした。「その力は貴方のもの。諦めないで。この風を逆らって、共に進もう。」 「でも私の業が…」アネモスは困惑した。 「それを乗り越えるために、僕がいるんだ。行こう!」彼は力強く呼びかける声が響く。しかし、アネモスは逆風に抗う力強さを見失っていた。 自分の過去、そして愛した存在を捨てることはできなかった。だが、アメシストの姿は、かつての約束を思い出させる。 「まだ消えてはいなかった。待ち続けることに意味があった。」彼女は心の内で葛藤しながらも、自分を鼓舞した。 「私は行く。もう一度、自分のために。」 強い意志が芽生え、風が弱まる。アネモスは再び立ち上がり、仲間の存在を心に刻みながら進むことができた。 次第に薄れていく逆風の中、アメシストは微笑みながら彼女の手を引いた。「さあ、行こう。そして新たな未来へ。」 その言葉に導かれ、アネモスは希望の道を歩むことを決意した。彼女の心の中にあった過去は消えない。だが、新たな友と共に生きる未来が待っていることに、彼女は確信する。 「私、もう一度生きる。」彼女の言葉に明るい炎が宿る。 二人は闇の牢獄を背に、希望に満ちた明日へ向かって進むのだった。