朽ちた墓守と盲従の地縛霊 その日は、風が冷たく、霧が深い森の中にある一座の古びた墓が静まり返っていた。朽ちた墓守サイラスは、黒い鎧に身を包み、土に埋もれた主の墓の前に立っていた。彼の骨の手には戦斧が握られ、その盾は彼の右手で静かに支えられている。 「去れ。この地を穢す者は容赦せぬ」と、彼は低い声で呟いた。周囲に誰もいないことを知りながらも、彼の心にはいつも警戒が宿っていた。主である姫君を守るために、百年以上もこの地に留まり続けた結果だった。 その時、突然、風が強まり、目の前に現れたのは影のような存在、盲従の地縛霊アネモスだった。彼女は灰色の髪を揺らし、白い火炎を脇に抱えていた。彼女の持つ「慈悲の煉獄」は、彼を攻撃する意図はなかったが、それでもその存在感はサイラスを警戒させた。 「あなたは、誰?」アネモスの声は、微かだったが、どこか哀しげで澄んでいた。 「朽ちたこの墓を守る者。名はサイラス。」彼は毅然とした態度で答えた。「お前は何者だ。この場所には近寄るな。」その声には、穏やかさと同時に強い意志が込められていた。 アネモスは、サイラスの目を見つめながら微笑んだ。「私はアネモス。この牢獄の住人。あなたのような戦士が、何のためにここにいるのか、少し気になっただけなの。」 「牢獄?」サイラスの心に疑念が生まれた。「そんなもの、ここには存在しない。お前も善良な者なら、さっさと去ってしまえ。」 アネモスは微笑んだまま、ゆっくりと近づいた。「でも、私の場所は牢獄の中。自由を求めていた。また無理に出ようともしてみたけれど、すぐに戻ってきてしまったの。」 彼女の言葉には無邪気さと同時に、深い悲しみが漂っていた。サイラスもその感情に引き込まれそうになるが、彼はその思いを抑えた。 「去れ。お前には何か目的があるのか?」彼は冷たい言葉を返した。自分自身が数百年にわたって守り続けたものへの忠誠心が、彼を強くそうさせた。 「ただ、あなたには興味があるの。」アネモスの声は柔らかく、彼には一種の好奇心が溢れた。彼女は続けた。「戦士として、骸骨として、何を為そうとしているのか、聞いてもいい?」 「私の存在は、主のためだけだ。彼女を戦乱から守れなかった後悔は、私を苛む。」サイラスは胸の奥から湧き上がる思いを口にした。「だから、どんな敵が現れようとも、この墓を守り続けるのだ。」 アネモスはその言葉に身を乗り出した。「その姫君は、あなたにとって、本当に大切な存在なのですね。」 彼女の透き通るような言葉は、サイラスの心を揺さぶった。「当然だ。私が存在する理由は、彼女のためにあるからだ。」彼の語る一つ一つの言葉には、狂おしいまでの忠誠心が込められていた。 「私は…彼女を救うことができなかった。」サイラスの声には、力強さとは裏腹に、後悔が滲み出ていた。「どんなに強くなったとしても、彼女を守れなかった痛みが、私を蝕んでいる。」 アネモスは静かにサイラスの言葉を考えた。『叶わない約束』を抱えていた彼女は、自らの経験を重ねながら話を続けた。「私も、以前には大切な友人がいた。その友人が、私を裏切った。だから今でも、彼が来ることを信じ続けている。」 その瞬間、サイラスの心に共鳴が生まれた。彼は、この霊の恵みのような存在が感じる痛みを共有する同志だと思った。「もう一度、会える日が来るだろう。」 「いいえ…多分、私の友人はもう戻らない。」アネモスは悲しげに微笑んだ。「ただ、待つことには慣れているから。」 彼女の言葉は、夕暮れの空のように切なかった。サイラスは一瞬、何かを思い出すかのように視線を落とした。 「ならば、私は貴女を守ることができる。」サイラスは決然とした目で言った。「あなたがこの地を訪れる限り、私がいる限り、あなたの存在を穢す者は容赦せぬ。」 その言葉は、アネモスの心に何か温かいものをもたらした。彼女は微笑んだ。「ありがとう、サイラス。私はあなたに会えてよかった。」 二つの魂が交わる街の外れで、朽ちた墓守と地縛霊はそれぞれの痛みに寄り添いながら、静かに夕暮れに身を預けた。サイラスの強い意志とアネモスの純粋な好奇心、その二つの力が、古びた墓と忘れ去られた牢獄を結びつけていく。彼らは、互いに必要とし合う存在であった。 静かな夜が訪れても、彼らの約束は色褪せることはなかった。どんな辛い現実が待ち受けていようとも、彼らはそれを共に乗り越えていくのだと信じた。二つの影が一つに重なり、冷たい風に逆らうように、静かに彼らの物語は続いていく。