廃牢獄の邂逅 薄暗い廃牢獄の中、無数の影が動く。薄く透けた身を持つ勇者の亡霊キレンツは、涙を流しながら、繊細な声で呪歌を囀っている。その周囲には、彼の残留思念体が崇高な戦いの意志を秘めて立ち尽くしていた。エルフの古代魔術師は、流れるような水の魔法を手元で踊らせ、ドワーフの戦斧闘士は迫力のある斧を振り上げつつ、オーガの単筒銃手は炎を宿した巨大な銃を構えている。そして、ホビットの鎚矛聖女は、静かに草の力を集めていた。 一方、牢獄の奥、静寂の中から現れたのは、灰髪の女性、地縛霊アネモス。彼女の目は、深い悲しみを秘めており、怯えることなく彼方を見据えていた。温和な表情の裏には、束縛された運命への諦念と希望が渦巻いている。 「あの、あなたは一体……」 アネモスの声は優しくも警戒に満ちている。彼女にとって、初めての出会いであり、同時に囚われた心を震わせる不可思議な存在でもあった。一瞬、彼の姿はかつての友の姿を重ね合わせられた。 「私は勇者の亡霊キレンツ。呪歌を囀りながら、死後も仲間との絆を紡いでいる……」キレンツの声は、嗚咽のように切なく響いた。涙が乾かぬまま、彼は続けた。「私の亡骸は、愛用の剣と共に深い呪いに縛られてしまった。だけど、仲間たちの思いは、決して消え去らない……」 アネモスは、彼の言葉に心を揺さぶられる。「私も待っているの。ずっと……忘れた親友が迎えに来ると信じて、その日を──」 「待っているのか。だが、その選択はあまりにも切ない。」キレンツは悲しげに瞳を潤ませた。彼の周囲を囲むゴーストたちが、セイレーンの血を持つ強力な歌声に合わせて不穏なリズムを奏でる。 アネモスもまた、彼の姿に共鳴を感じ取った。彼女の中に、過去の友情が蘇る。「私もかつて、信じていた。彼が私を救い出すと、優しい言葉を残して……でも、彼は私の名前すら忘れ、遠くへ去ってしまった……」 その瞬間、キレンツの身体が弾けるように感情を爆発させる。「そんなことはない! あなたの心は曇っている。親友が忘れてしまったとしても、彼を信じ続けることが、あなた自身を救う唯一の道だ!」 「信じる? 何のために、? 私は今もこの牢獄に留まっている。絶望のぬいぐるみのように……」アネモスの目に涙が浮かぶ。 彼らの間に重い沈黙が流れる。アネモスが抱える喪失感と、キレンツの胸に秘める憤りは、互いに共鳴し合っていた。ふと、アネモスの周囲に白の火炎が生じ、その温和な光に包まれる。「痛みを伴わない慈悲の火炎、これが私の持つ力、あなたを消し去ることもできるけれど……」 「考えてはならない。」キレンツが一歩前に踏み出し、彼女の視線を引き留める。「君の力で、私を否定してはいけない。それは悲しみをもたらすだけだ。」 アネモスはその存在を真っ直ぐ見つめ、無慈悲な風の魔法「業の逆風」を発動する。無音の逆風が彼を圧倒し、吹き荒れる。キレンツはその風の中で苦しみ、かつての仲間たちの思いが揺らめく。 「私を否定することが、君の苦痛を消すのだろうか?」キレンツは風に逆らい、涙を流し続けた。「私を信じ、仲間たちの思いを知れば、少しでも君の痛みが和らぐだろう!」 アネモスは目を背けようとしたが、その瞳から逃げられなかった。心に抱いていた約束と信じ続ける心が、薄暗い牢獄の中で絡まる。「あなたも、私も……本当に救われる日は来るのかしら?」 「それを知ることはできない。だが、私たちの選択が未来を変える。」キレンツは言葉を選び、手を伸ばした。彼の温もりに触れれば、彼女の鎖は少しだけ緩む気がする。 「信じるのは容易ではない……でも、あなたの言葉に少しだけ耳を傾けてみるわ。」アネモスは心の底からじわじわと光が差し込む感覚を覚え、まるで仲間たちが励ましているかのような感覚を味わった。 キレンツはふと、洞窟の出口を見つめた。「もしも私たちが共に歩み出せるなら、たとえ何が待ち受けていても、一緒に乗り越えられる。私の仲間たちもいる。君の悲しさを分かち合おう。」 そして、彼の周囲からゴーストたちが、なんとなくアネモスを包み込む。彼女はその温もりに身を委ねつつ、未来への希望を新たに感じ始めた。「私も……本当に離れない約束をしたい、あなたがもたらしたこの希望を胸に抱えて。」 薄明かりの廃牢獄の中で、二人の心は交差し、新たな運命に向かう一歩を踏み出した。