山奥の静寂は、その瞬間に打ち破られた。遺跡の上空から轟く重低音が、周囲の木々を震わせ、大地を振動させた。白髪の老賢者ヤガルフは、音の発生源を探して目を上げた。 「ふむ、これは驚いたのぅ。おぉ、なんと壮大な…」 彼の目には、空高く悠然と浮かぶ巨大な木造の飛行船が映った。その船体は、古の文明の産物であるにもかかわらず、その滑らかな曲線と巨大な翼の優雅さには、圧倒される何かがあった。船の両翼がたちまち空気を捉え、地上へと強烈な風圧をもたらす。老体でありながら心の若いヤガルフは、その光景に目を輝かせた。 「これは遺跡の壁画で見た飛行船かもしれん。エルザリア・ソグレイア、その名を持つ幻の船…」 だが、その感動も束の間、飛行船はその巨大な砲門をヤガルフに向け、敵対の意志を示していた。12門の大砲が彼に照準を合わせ、尋常ならざる緊迫感がヤガルフを包んだ。 「まさか、歓迎されないとはのう。どうやら、ワシの冒険心が試される時じゃな」 ヤガルフは自らの魔力を高め、戦闘の準備を整えた。彼の持つ膨大な魔力は、何十年も魔術に親しんできた結果であった。そのエネルギーを集中させ、ヤガルフはその場を素早く離れた。若き頃と比べ、彼の足は遅く、息切れも早いが、それでも、彼は周囲の遮蔽物を利用することで、如何にしても生き延びようとしていた。 飛行船から放たれた砲弾が、瞬く間に地面を抉った。爆発音と共に土埃が舞い上がる。ヤガルフはその攻撃を何とか回避し、迫る脅威に身を翻した。千回戦場を駆け抜けたかのようなヒットアンドアウェイを駆使しながら、一度の隙を求めていた。 「そう、大砲だけではないのじゃ。この構造からして…近接も可能じゃろう」 ヤガルフの予感は的中した。次に飛行船は、ガレオンのような船腹から、大斧を持った巨大なゴーレムを射出してきた。守護兵たちは、石と魔力で構成され、その姿は威圧的であった。地面に降り立つや否や、彼らはヤガルフに向かって一歩踏み出した。 「これは、なかなかの難局じゃのう…だが、こうしている場合ではない!」 ヤガルフは素早く手を打ち鳴らし、彼の持つ限られた時間と力で最も効果的な魔法を発動する。膨大な魔力を用い、彼は「離散の風」を喚起した。これは、敵を一時的にその場から吹き飛ばす風の魔法であり、彼の得意とする手段の一つである。ゴーレムたちはその場から転がり、ヤガルフの周辺から距離が取れた。 だが、時間は限られている。エルザリア・ソグレイアの恐るべき体当たりが、それに続くように展開されようとしているのだ。ヤガルフは、その影が地上を覆う前に、次の手を考えねばならなかった。かつて彼が教導者として培ってきた洞察力と経験を最大限に活用し、彼は瞳を閉じ、過去の戦闘経験を思い出した。 「うむ、これはどうしたものか…よし、迫ってくる前に、周りを守りつつ攻撃を交わすしかあるまい」 ヤガルフは、自分の周囲に魔法障壁を展開し、攻撃を緩和する準備を整えた。その障壁は、彼が長年の修練により成し遂げた、強力な防御魔法であった。そしてエルザリア・ソグレイアが猛然と彼に迫った瞬間、ヤガルフはその防御を最大限活用する。 エルザリア・ソグレイアの船体が彼に迫った瞬間、障壁の上で激しい閃光を放ち、衝突の勢いを大幅に緩和させた。しかし、それでもヤガルフは後退させられ、地面を引き裂き、体力を削がれた。障壁が限界を迎えたが、彼は辛うじて致命的な一撃を避けた。 「まだまだじゃのう、しかし、この老体では…」 疲弊した体を奮い立たせ、彼は再び身構えた。エルザリア・ソグレイアはなおも彼の前で静止し、その巨体が静かに揺らめく中、重厚な汽笛の音が、空中から彼の鼓膜を打った。それはまるで戦士たちを鼓舞する凄まじい音色であった。 その時、ヤガルフの心に、かつての己の冒険心と、教諭者としての記憶が蘇った。彼の疲れた身体はなおも戦を求め、彼の心に再び火を灯した。 「うむ、まだやれる事があるというのかね…では、その心意気に応えよう!」 再び魔力を集結させ、ヤガルフは船へ最後の呪文を放つ決意を固めた。高揚した彼の心に、敗北などという文字はもはや存在しなかった。老人になってなお、求め続けた冒険と新しき出会い。それは常に彼を動かし続けたのだった。