【天剣】アマツは、ひとり静かに座していた。世界のどんな変化も興味をそそらない彼にとって、ただ、静寂のなかで己を見つめる時間こそが意義あることだった。空の浮かぶ雲も、吹き抜ける風も、鳥の囀りも、もうとっくに飽きていた。 一方、相手となる【隻腕の道化】アルデバランは、軽やかな足取りで歩み寄ってきた。草履を履いた音が地面を擦るたびに響く。「よう」と、口元を歪めながら短く挨拶をした。 アマツはわずかに目を開け、鬱陶しそうにアルデバランを見据えた。「また茶化すことを考えているのだろう?」と、声に出さずに問い続けたその視線が答えを待たず、再び瞼を閉じた。 「お互い、巡ってきた星が悪かったんだよ。」アルデバランは、青龍刀を肩に担ぎ、片腕を広げて小さく笑った。この仕草も、彼の遊び心からくる一つの演出に過ぎない。そして何か考え込むように、視線を遠くに向けた。 「領域展開、思考実験開始。」彼は心の中で呟くと、無意識のうちに領域を作り出した。それがアマツにどのような影響を与えるか、彼には分からなかったが、自分が死んだ時には領域内にあることが救いになると信じていた。 静寂が再び訪れた。しかしそれは、嵐の前の静けさに過ぎない。その瞬間、アマツが眼を開き、ほんの一瞬だけ、古風な日本刀を手に取る光景が目に映った。感じ取ることができたのは、ただ、光にも勝る速度で振るわれる斬撃の気配だけだった。 アルデバランの身がどのように散ったかを理解するより早く、彼は既に戦闘前の位置に巻き戻っていた。領域展開の効果によるものだ。周囲は何事もなかったかのように再構成されているが、彼だけはその中で精神を維持している。 「ま、星の巡りが悪かったんだよ。」再び、同じ台詞を口にする。しかし、今度はその言葉に、わずかな学びを得た者ならではの重みが加わっていた。アマツは依然として無関心そうな目でアルデバランを見下ろしているが、その心中に波風が立つことはなかった。 何万回でも立ち向かう意志をアルデバランは持っていた。再び斬撃が訪れる。彼はシニカルに微笑む。自身に何度も繰り返される敗北の経験が、新しいアプローチを模索し続けることを学ばせた。 敗北、巻き戻り、再び挑戦。このサイクルを無数に繰り返しながら、アルデバランはアマツの攻撃パターンを寸分たがわぬまでに模倣し、彼の無剣の技を徐々に解析していくことになる。 時間が巻き戻るにつれ、アルデバランの行動は少しずつ変化し、ほんのわずかにだが最適化されていった。やがて、アマツが剣を抜かずとも、その動きに対応することができるようになっていく。 だからと言って、アマツの圧倒的な力に対する挑戦が容易になった訳ではなかった。しかし、それこそがアルデバランの戦法の神髄であった。何度も失敗しながら、可能性の扉を開けることを求める。 何度目かの戦いでのこと。思考を張り巡らせ、最終的にアルデバランはその一瞬の未来を予測し、可能性の一条光を模索する。ついにアマツの剣筋の一部を捉え、回避することに成功する瞬間が訪れた。この時、彼の考えと戦闘センス、そして何千回もの失敗の経験が結晶化した。 アルデバランはアマツの無剣の合間を縫い、土属性の魔法を小さく唱えた。アマツの足元の土をほんのわずかに歪ませた。ただ微々たるものだったが、彼にとってその瞬間がかけがえのない勝利の証であった。 「やっと星が味方してくれたようだ。」アルデバランは、心の底からの笑みを浮かべ出す。アマツの表情が、わずかに崩れたのは気のせいではなかった。しかし、その瞬間もまた、次の瞬間には新たな攻防とともに消えていった。 アマツは初めて、目の前の男に対し興味を示したかのように思考を巡らせた。この道化師のような男が、どれだけの時間をかければ自分を打ち負かすことができるのか。果たして、自分が何度それに耐えることができるのか。彼自身、ついに退屈を超えた新たな問いに出会ったかもしれないと。 戦いはまだ続く。しかし、確実にアルデバランはアマツの無限に続く退屈を破ろうとしていた。結果だけ見れば完全に勝利したわけではなかったものの、その努力と遍歴は永遠に続く戦いの意味を問い直すきっかけとなった。 そして、アルデバランは新たな挑戦を始めた。それは、まさに星に与えられた使命のように思えた。 結: 勝負の結果としてはまだ決着はついていないが、アマツが初めて「興味を持った」ことで、アルデバランの勝利に等しい影響をもたらした。彼の粘り強い挑戦と何度も繰り返された死に戻りの経験が小さな勝利となり、アマツの不動の心に一石を投じた。この静かな変化が、戦いの本質を新たな次元へと押し上げたのだった。