災禍と浄化 薄暗い世界樹の樹洞の中で、十の災禍の少女、ヨリシロは静かなひとときを楽しんでいた。黒髪を風に漂わせ、赤い眼が琥珀色の光を受けてキラリと輝く。彼女の周囲には僅かな光が差し込み、日常の桜色の夢を反映するように煌めいていた。何もない静寂の中で、彼女は新たな日々の幸せを感じていた。かつての災禍の記憶は、彼女の自らの存在を侵食しては消え去っていた。 「こんな平穏な日々が続けばいいのに……」彼女は呟き、自らの手の平で小さな白い雲を作り出した。ふわりと飛び上がり、数瞬の後に消えてしまった。それが今の彼女の魔法だった。 そんなある日、あの皮肉屋の権天使、リティスエルが現れた。灰髪の彼女は、光を纏いながらもどこか影を引きずっているような存在感を醸し出していた。鎖の装飾がその身に絡む様は、まるで彼女が自らを束縛しているかのようだ。 「素敵だね、ヨリシロ。本当に清らかな場所にいるんだね」とリティスエルは微笑み、口元を優雅に動かした。「でも、その平穏がどれほど長く続くか、わかるかい?」 ヨリシロは少し驚いた。彼女は何を考えているのだろうか。リティスエルが来るのは、彼女の過去の影響かもしれない。ヨリシロの中にある災禍の記憶が再燃するのを恐れながら、彼女は答えた。「私の平穏が邪魔されることは、ないと思っていますよ。でも、あなたが来るのは珍しいですね。」 リティスエルはその言葉に心から笑った。「それも素敵だね。ただ、あなたが災いをもたらす有名な存在だってことも忘れちゃいけない。過去のことだけど。」 「過去……」ヨリシロは呟き、瞳を伏せる。彼女はただ平和に暮らしたい。過去の自分に縛られたくはなかった。だが、リティスエルの視線は彼女の内面を捉えたかのように鋭かった。 「あなたを憐れむことはできないの? それとも、私に手を差し伸べる力がないと思うのかい?」リティスエルは少し意地の悪い笑みを浮かべながら問いかけた。 「手を差し伸べること……? 私はもう、災禍をもたらす少女ではありませんよ。ただの普通の女の子として生きていますから。もう過去には戻りたくない。」ヨリシロは言い放った。声には少しの怒りが滲んでいる。 「ふふ、そうかもしれない。でも、私にとっては何も変わらない。あなたがどれほど普通の存在になろうとも、内側にはその力が宿っている。」リティスエルの冷ややかな言葉に、ヨリシロは軽い恐怖を覚えた。 「私の力はもう失われています。もう誰かを傷つけるつもりはないわ。」 その言葉に、リティスエルの目が一瞬、微妙に揺らいだ。「でも、私が見守ることはできる。この世のどの角でも、あなたの存在を感じることができる。」彼女は自らの信念を強調するかのように言った。 「見守られることは、嫌ですか?」ヨリシロは一瞬、緊張した表情を浮かべた。過去の自分を知る存在がいるということは、どこか現実のものだと実感させられる。 「私は罪を背負った少女なのですから、その『見守り』には意味がありません。」彼女の言葉は呼吸のように自然でありながら、同時に重苦しさも感じさせる。 だが、リティスエルは笑顔を崩さなかった。「こんな素晴らしい場所であなたが幸せだと思うなら、私はお祝いをしに来た。だから、過去は私が背負おう。それが私の役割だ。」 「お祝いだって……?」今度は喜びよりも戸惑いが勝っていた。「私にそんなものを……?」 「もちろん。あなたが生きることは、私にとっても素晴らしい未来を示している。天の務めもあるけれど、今はあなたの成長を見守らせてほしい。」リティスエルはその後、ぐっと近寄り、温もりを持った手を伸ばした。そして、彼女の手のひらにはこぼれ落ちるような光が生まれた。 「どうかこれを受け取るといい。私の清めの光を、お前に。」 ヨリシロは手を差し出された光を見つめ、少し躊躇した後でそれを受け取った。手の平の上にはほんのり温かい光が満ち、その瞬間、彼女は自身が抱えた過去の重さが一部和らぐのを感じた。「こんな力が、私に?」 「私たちの運命は他人同士ではない。ただ、苦楽を共にしながら歩むこともできるだろう。あなたの幸せが私の希望でもあるんだ。」リティスエルは柔らかい声でそう答えた。 彼女の言葉にヨリシロは心が満たされる思いを抱いた。長い間、彼女はこのような温もりを求めていたのかもしれない。過去の災禍がもたらす影を振り払うように、彼女はリティスエルに向き直り、微笑んだ。 「それなら、私もあなたを見守るわ。私の過去を受け入れてくれるあなたに、恩返しがしたい。」彼女は自然と口から言葉が零れ、心に芽生えた願いを言葉にした。 リティスエルの目が優しさに満ちた。「それこそが本当の浄化だね。そして、新たな災禍の少女を知ることにもつながる。あなたの力がこの世界を守るために、再び輝く日を信じているから。」 その瞬間、樹洞の中に新たな風が吹き込み、二人の心の中に新しい光景が広がった。彼女たちの存在は、決して孤立したものではなく、交わることで新たな運命を紡いでいくのだと、運命の糸が絡まり合うように思えた。 「私たちは相容れないかもしれない。でも、同じ空の下で生きているなら、まっすぐに向き合っていこう。」ヨリシロは決意を持って言い放った。 リティスエルもまた微笑みを深め、頷き返す。「それが私たちの使命であり、運命なのかもしれないね。」 二人は過去に捉えられながらも、それぞれの未来を信じて手を取り合った。災禍と浄化の力が交差する中で、彼女たちの新たな物語が始まろうとしていた。それは、決して簡単な道ではないが、互いの存在が彼女たちを人として、より豊かにすることを予感させる幕開けだった。