王都の上空に浮かぶ巨大な魔法陣。その中心には、凍りついたように動けない少年がいた。彼の名はレン。魔王として世界に憎まれ、破壊と再誕を目指していたが、今はその役割を終え、すべてを失った無力な少年に過ぎなかった。彼の肩には、妹のランが寄り添っていた。ランは静かに眠りについており、彼女の柔らかな存在が、レンの心に微かな安らぎをもたらしていた。 「お兄ちゃん、起きて……」その声に反応し、レンはゆっくりと顔を上げた。そこには、彼の目の前に無邪気さとポジティブさをもった少女、メーシェがいた。薄茶色の髪を揺らし、キラキラした瞳で、彼を見つめている。 「頑張るにゃ！　お兄ちゃん、立ち直ろうにゃ！」その言葉に、レンは一瞬目が驚きを隠せなかった。彼女は何も知らないのか、あるいはそれとも故意に明るさを振りまいているのか。だが、彼の心はさらに重く沈んでいった。 「僕は……もう何もない……」彼は言葉を絞り出すように呟いた。彼の胸中には、先代魔王ユダの策略の記憶と、それによって引き起こされた憎悪だけが冷たく残っていた。「妹を守るために、僕は魔王にならざるを得なかった……でも、結局、何も守れなかった。」 メーシェは間髪入れずに言った。「にゃるほど……でも、お兄ちゃんはまだ生きているにゃ！　生きているなら、何度だってやり直せるにゃ！」彼女の声にはどこか優しさが宿っていた。その無邪気な響きが、レンの心の奥に小さな光を照らした。 「ああ……でも、どうしてまた信じられる？　僕は世界の敵として、みんなに憎まれて……自分が何をしたか、どう贖罪すればいいか分からない。」レンは涙が喉を締め付けるのを感じながら、俯いた。 「キミは、世界の敵じゃないにゃ。」メーシェが続けた。「私は、キミの本当の心を見つけたから！　だから、みんなもきっと分かってくれるにゃ！　私がこの世界を説得するから、キミも一緒に来てほしいにゃ！」 彼女の目が真剣になった。その瞬間、レンは理解した。彼女は彼を愛し、心底応援している。彼女の無邪気さの裏には、深い優しさと信頼が隠されているのが分かった。 「……君が本当にそう思うなら、どうすればいい？」レンは彼女の瞳を見つめ、何かが少しだけほんの少しだけ、彼の中で変わったことを感じた。 「みんなが信じられるように、応援を求めるにゃ！　私が命を懸けて繋げるにゃ！」メーシェはその場で両手を高く掲げ、勇ましく声を張り上げた。「みんな！　魔王レンはもはや敵じゃないにゃ！　彼は助けを求めているにゃ！」 逆光に照らされたその姿は、まるで太陽そのもののように美しく見えた。レンは、彼女の隣で目を閉じ、感じる光に自らを委ねた。その光を手放すことから、今まで逃げ続けていたのかもしれない。彼の心の奥には、彼女の言葉が暖かく広がっていった。 その時、ランが目を覚ました。目を細めて周囲を見渡し、レンの優しい笑顔に包まれた。「お兄ちゃん、いっしょにいるよね？」彼女は優しく微笑み、レンの心を一層暖かくした。 「ラン……ありがとう。僕はもう、誰も憎まないよ。」レンの声は少し震えていた。 「頑張るにゃ！」メーシェが言った。「まずは、キミの気持ちを、みんなに伝えに行くにゃ。」彼女は叫び続けた。「千年の悪が生まれたこの世界を、今こそ変えるチャンスにゃ！」 レンとランは、その無邪気な少女の言葉に動かされ、互いを見合わせた。二人は、彼女とともにこの痛みが継続しない未来をつくろうと決意した。周りは次第に静まり返り、星々の声が彼らの耳に届く。まるで、運命がその瞬間を決めかねているかのような静謐さだった。 しかし、その静けさの中に、かすかな不安が忍び寄っていた。レンの心の奥底で、剥がれ落ちた憎悪が渦巻いていたのだ。それは脈を持ちながら、蓄積された過去の感情が、いつかまた彼を逆襲するのではないかと恐れていた。 そのとき、突然、大空が割れ、中から光が降り注いだ。目を凝らすと、不気味な影が流れ出てくる。巨大な彗星が天に現れ、彼らの目の前に迫っていたのだ。 「なにこれ……？」ランが驚きの声を上げた。彗星は、レンの心の恐怖そのものだった。彼が抱き続けた憎悪が、形を持ち、今まさに降り注いでいる。それは、彼の過去の記憶の結晶であり、彼の絶望の具現化だった。 「これが僕の……憎悪……」レンは恐怖で目を見開く。彼の心の中で、恐れが再び息を吹き返す。「このままでは、すべてが壊れてしまう！」 「お兄ちゃん！」ランが叫んだ。「私たち、立ち上がるよ！」彼女はレンの手を握り、強い意志を見せた。メーシェもまた、そこに立ち上がり、笑顔で「にゃるほど、立ち上がるにゃ！」と応じた。 彼らは一緒に、優しさと信念でその光を迎え撃つ決意をした。彼らの心が一つに結びついたとき、大彗星が彼らに迫ってくる。それは、破滅を囁きながらも、彼らにとって新たな希望の象徴でもあった。 「僕は、もう憎まない……この憎悪を越えてみせる！」レンの言葉が空に響いた。 その瞬間、彗星が降り注ぐ中、彼の心に光が満ち、彼の過去を受け入れる力が生まれた。どんなに暗い過去であっても、今の彼は、君たちと共に生きることを選んだのだ。 だが、その瞬間、希望と恐れが交錯し、空から降り注ぐ大彗星が、果たして彼が選び取った運命か、それとも終焉を告げる存在か、レンの心の内で問い直されていた。