悠遠の箱娘スズは、いつものように冒険者ギルドから離れた明るい広場を軽やかな足取りで歩いていた。桃色の髪が風になびく中、お気に入りのブリキの箱を頭に被った彼女は、何か新しい出会いや冒険に胸を躍らせていた。だが、肌寒い風に吹かれていると、彼女の目に映ったのは、薄汚れたローブを身に纏った少女の姿だった。 彼女は《陰気な薬売り》と名乗るサラサ・マヌンサだった。黒髪はほつれ、昏い瞳は何かを訴えかけるようにじっと見つめている。しかし、無表情なその顔は、何か感情が欠如しているように見えた。スズは一瞬、彼女の立ち位置に少し戸惑いを覚えたが、好奇心が勝り、そちらへと足を向けた。 「……薬は、いかが？」サラサの小さな声が、薄暗い空気の中に響いた。スズはその言葉に反応し、興味を抱いた。 「薬？何か特別なものがあるの？」スズはますますその薬売りに引き寄せられ、目を輝かせた。彼女は人々が恐れるような異端の存在に対しても、どこか純真な好奇心を持っていた。 サラサは何も言わずに、わずかに頷いた。彼女の手から、いくつかの小瓶が差し出された。すべてそれぞれに異なる色合いと形をしており、静かに内側で光を放っていた。スズの中にある冒険者としての血が騒ぐ。どれも魅力的な一品に思えた。 「この右の瓶は……？」スズが聞くと、サラサは指先で瓶のラベルを指し示した。そこには「勇気の霊薬」と書かれていた。 「どんな効能があるの？」スズは更に聞いた。 「……勇気を与える。」その一言が返ってくると、スズはその純粋な力強さに心を揺さぶられた。彼女にとって、「勇気」はまさに必要なものだったからだ。より強い冒険者になるための力が、今後の彼女の目標であったからだ。 「それ、いくら？」スズの目がキラキラと輝く。サラサは一瞬だけ、目を細めた。 「……五十コイン。」サラサの言葉は静かで、同時に無情な響きがあった。スズは一瞬戸惑った。冒険者としての稼ぎは、決して裕福ではなかったからだ。 「ちょっと高い気もするなあ……」スズは一瞬不安を抱いたが、冒険者の誇りがそれを打ち消す。 「それなら、他には？」スズは他の小瓶に視線を移した。「次は、その青い瓶は？」 「……知恵の霊薬。」サラサは続けた。「知恵を与える。」その短い言葉は、スズの興味を再び引きつけた。 「どんな知恵が得られるの？」スズが尋ねると、サラサは無表情のまま、微かに目を細めた。 「問題を解決する能力。」スズはその言葉に頷き、しばらく考え込む。知恵もまた、冒険者には欠かせないものだ。しかし、目の前のサラサの姿を見ていると、何か別のことを踏まえても良いかなと思う気持ちが吹きずさった。 「お金が必要なの？」スズは直球で尋ねた。サラサは一瞬視線を落とし、そして小さく頷いた。彼女の存在は、孤独そのものであることが、今目の前で確かに感じられた。 「私は、あなたの薬を買わないといけない。でも、優しさをひとつ分けてほしい。」スズは思い切って言った。自分自身が求める力だけではなく、サラサに寄り添わなければならないと感じたからだった。 サラサは再び静まり、そしてその目でスズを見つめた。彼女に何かを感じ取るように。徐々に、サラサの表情が柔らかくなっていくのを、スズは見逃さなかった。そして、彼女の目からは微かに希望のような何かが見え隠れしている。サラサは小瓶のひとつを慎重に持ち上げた。 「この赤いものは？」スズの声音は更に高まり、サラサは「……命の霊薬」と囁くように答えた。 「それは……？」スズまたしても問うた。その時、サラサは静かに頷きながら、その薬のラベルに目を向けた。「傷を癒す。ただし、命をも消費する危険がある。」 スズは唖然とした。命を消費する、という言葉が胸に響き、心臓が高鳴る。その魅力的でもあり、恐ろしい内容に、彼女はその場から一歩引き下がり、少しでも冷静でいようと努めた。 「それは……高すぎるかもしれない。」スズが言葉を継続する。その時、サラサは何かを考え、微かに頷いた。 「それなりの危険を伴うことを理解したら、私はバランスが取れた選択肢を提供する。」少しだけ彼女の声が掠れた気がした。 それでもスズは誠実に考えた。しかし、外の冷たい風が彼女の心を更に揺さぶった。せっかくの選択肢がある今、間違えたくはないのだ。 「薬は、私たちを助けてくれる。それはいったい何かを得るためだ。そして、サラサはどんなものを持って来てくれたのか、私も理解しなければ。」スズの思考がそのように流れていく。 サラサはじっとそこに佇み、動かずにいた。薄汚れたローブは、彼女自身の悲しみや孤独の象徴としてずっと背負っているようだ。 「サラサ……私、勇気と知恵の霊薬を買おうかな。」少し不安そうな声でスズが言った。サラサは表情を変えずに、ただ静かに頷いた。 「……ありがとう。」その瞬間に、サラサの目に微かな光が宿った。彼女の心の壁は一部だけでも崩れたのだろう。二人だけの静かな時が流れ、スズは新たな冒険の一歩を踏み出した。 そして、彼女の購入した薬の詳細を離ればなれにして、サラサはその薬を手渡しながら、短い言葉で答えた。 『お金が全てではない。私も、あなたの力になりたい。』 それから、サラサは静かに目を閉じて、スズを見送る。彼女の背中には、少しだけ晴れやかな笑みが浮かんでいた。 ――― 【薬の種類】勇気の霊薬 【薬の材料】風の花・獣の骨 【薬の効能】一時的に勇気を与える 【薬の副作用】使用後、強烈な恐怖感が訪れることがある 【薬の種類】知恵の霊薬 【薬の材料】賢者の草・月のしずく 【薬の効能】判断力を一時的に向上させる 【薬の副作用】使用後、意識がぼやけることがある