薄曇りの空、新緑の葉が揺れる風の中、緑島アイリスは成城高等学校の広い校庭の隅でフィドルを奏でていた。彼女の奏でる旋律は静かに流れ、ひとときの安らぎを与える。心の内に秘められた哀しみも、彼女の音色には淡い郷愁として包まれていた。 その頃、足立区鹿浜の高校に通う痛豆羅子は、彼女の演奏を小さな木陰から聞いていた。愛想の良い笑顔を浮かべながらも、その目にはじっとくすぶる悪戯の火種が宿っている。彼女の心の中で、ふとした思いつきが芽生えた。アイリスの優雅なフィドルの音色を中断させることは、彼女にとって今夜の愉悦を最大にするための第一歩だった。 「彼女の音色、少しだけ変なことにしてみようかしら…」羅子はにんまりと笑いを浮かべ、思惑の彼方に悪戯を思い描いた。フィドルからほんの少し離れた場所に、用意していた小さな装置をこっそりと隠す。静かな響きが流れる中で、アイリスがその場所に気づくことはなかった。 やがて、アイリスが演奏を続ける中、羅子は装置のスイッチをONにした。途端に、アイリスが奏でるはずの旋律が変わり、風の中にまるで異次元から割り込んだかのような雑音が漂い始めた。彼女は驚き、手を止めた。 「風が運ぶ古い歌が……あれ?」アイリスは不思議がりながら周囲を見回す。すると、突然の現象に彼女の瞳は警戒を感じた。遠くを見つめるようなその美しい緑色の瞳が、微かに疑念を顕にする。 「何かが……ここにあるのかしら?」彼女の心には、違和感が広がりつつあった。しかし、彼女はすぐに意を決し、再びフィドルを肩にしっかりと戻した。音色を変えたあの雑音に対抗するかのように、彼女は一層情熱的に奏で始めた。 聞く者を惹きつけ、心に響かせる旋律に、羅子は戸惑った。しかし、それも束の間。彼女の心の奥に潜む悪戯心がもう一度蘇る。今度はもっと巧妙に、より彼女を困らせる方法を思いついた。 「今度は、フィドルの弦を切ってみようかな。面白いことになるでしょうね。」持ち歩いていた小さな刃物で、一番最後の弦を狙う準備をしながら、悪戯の結果に心躍らせた。 けれどアイリスは、彼女の心の動きを察知したかのように急ぎ足で移動し、羅子の目の前に立ちはだかった。「あなた、何を企んでいるのですか?」アイリスの声は静かでありながら、鋭く、彼女の意図を問いただしていた。 その瞬間、羅子は思わず感情が高まり、心からの笑みを浮かべた。「ただ、あなたの演奏を面白くしたかっただけよ!でも、もしかしたら…自分の夢中になっている姿を見るのが一番の楽しみかもね。」 アイリスの目がさらに冷静さを増し、彼女は言った。「音楽は人を繋げるもの。それを壊すことは、決して面白くないわ。」 この言葉に、羅子は何かが心に響いたように感じた。悪戯がもたらす愉悦とは裏腹に、アイリスの真正な声が真理を描き出していることに気づいたのだ。心の奥で温まる光を求める自分を意味深に感じ、次の行動はどうすべきか、ふと思索する。 「もしかしたら…あなたの音楽に触れることで、私も変わることができるのかもね。」羅子は少しだけ心の内を明かし、アイリスの耳に届くように告げた。彼女の笑みは消えたが、その目には何か新しい決意が宿っていた。 二人の静かな時間の中、フィドルの音は再び空に溶けていき、悪戯の影は徐々に薄れてゆくのだった。アイリスの奏でる旋律は、羅子の心に新たな道を示す光のように響き渡った。