ある穏やかな午後、琴葉シズクは研究施設の一角にある自分の部屋で頬杖をついていた。ボサボサの長い灰髪が乱れ、彼女の赤紫の瞳はどこか疲れた様子を浮かべている。少しボロい白衣は、さりげなく彼女の華奢な体を包み込んでいる。目の下のクマが彼女の冷静さを隠しきれないまま、静寂に包まれた部屋の中でぼんやりとした時を過ごしていた。 「おー…何だー?」突然の訪問者の声に、シズクは少し驚いて振り返る。彼女の視界に入ったのは、愛らしい少女、沢渡美羽だった。美羽は短い白髪を揺らしながら、碧い瞳をキラキラさせてこちらを見つめている。薄手の白いワンピースが透けそうなほど素肌に触れ、彼女の色白な肌が一層際立っていた。 「頭なでて…」と、美羽が無防備にお願いするのを見て、シズクの心に温かいものが広がる。いつも静かで、無邪気な彼女の存在が、少しずつシズクの疲れを癒していくのを感じた。 シズクは一瞬の逡巡の後、美羽の頭を優しく撫でてみた。指先が少女の柔らかい髪に触れると、美羽は小さく「ん…」と甘い声を漏らした。その瞬間、シズクの心の中に不思議な感情が芽生える。どこか心が躍るような、守りたいという欲求に似た気持ちだった。 「今日は何かを教えてあげようか?」シズクは少し意地悪な微笑みを浮かべて言った。「お前、最近何を知りたいと思っているの?」 美羽はシズクの声を聞き、心臓がドキドキするのを感じた。「なんか…変な気持ち……でも、あたしは…、お姉ちゃんのことが好きだから…」美羽の素直な告白に、シズクはドキっとする。愛おしさが胸を締め付けながら、シズクは微笑みを浮かべた。 「好きって言うのは、色々な意味があるんだよ?」シズクは、ついそのまま少女に教えたくなった。「例えば、私はお前が好きだけど、他にも好きなものがたくさんあるんだ。」 美羽は真剣な表情で耳を傾ける。「……好きなもの?」 「うん、例えば濃いコーヒー。お前は飲めないけど、あたしはあの香りが大好きなんだから。」シズクは、自分を包む感情を仕事の道具である医者としての冷静さで見つめながら、少しだけ自分の存在を語る。 美羽は少し考え込み、しばらく無言でいたが、やがて賢そうな表情浮かべた。「じゃあ、あたしは…お姉ちゃんが好きだよ!お姉ちゃんもあたしが好きなの?」 「うーん、どうかな?」シズクはあえて引っかけるように言った。意地悪な口調だが、実際には非常に嬉しかった。 美羽は顔を赤くしながら目を逸らす。「あたし、よくわからない…でも、お姉ちゃんにこうやって撫でてもらうと、ほんとに幸せ……」「そうか、その気持ちは人間ならみんな持っているもんだよ!」シズクはその少女の純粋さに、心から微笑む。 時間は静かに流れ、シズクは自分の動きや言葉を気にせずに美羽と接していた。美羽の無邪気さが、自分にどれほどの影響を与えているかは気づいていなかったが、気負わないやり取りの中で、互いの距離が徐々に近づいていることに心が躍った。 「ところで、お前、何かしたいことはあるか?」シズクが尋ねると、美羽は少し首をかしげる。「……一緒に遊びたい。」 その無邪気で純粋な希望にシズクは笑みを浮かべる。「それなら、ちょっと外に出て散歩でもしようか。いろんなものを見せてあげる。」 美羽の瞳が一瞬輝く。「ほんとうに?やった!」まるで全世界の幸せを凝縮したかのような笑顔を見せると、美羽は嬉しそうに立ち上がった。 「じゃあ、行こうか。」シズクは自分の心が少しずつ温まっていくのを感じながら、美羽の手を優しく引いた。幼い少女の手は柔らかく、彼女の無防備な心に触れる時の優しさが、シズクに寄り添ってくる。 外の光がシズクたちを迎える。穏やかな風が二人を包み込み、色とりどりの花々が咲き乱れる景色が目の前に広がっている。シズクはその美しさに見とれながら感慨にふける。美羽がここにいる限り、彼女の心に善い影響を与えていけると感じていた。 「これが花だよ、ほら、触ってみて。」シズクは一輪の花を摘み取って見せる。美羽はその花を興味津々で見つめ、恐る恐る触れてみる。「ほんとだ、やわらかい!」 シズクは美羽の表情を見守りながら、自分の心が少しずつ解放されていくのを感じた。孤独感が薄れ、少女との時間がかけがえのないものになっていくのだ。二人は一緒にそれぞれの好きなことを語り、互いの笑顔を大切にしあっている、それが何よりも幸せだということに気づいたのだった。