暗雲立ち込める王都の上空。空を覆う無数の魔法陣が、ひび割れた曇天の下で光を断続的に撒き散らしている。八方に広がる光の網は、王都の街並みを巨大な影の輪郭で縁取り、民の慌ただしさを遠ざけるように低く唸っていた。 そこに現れたのは、王都の上空でひときわ黒く重い影――相手。長い黒いマントが風をはらみ、胸元には混沌の紋様が走る。相手は王都を見下ろし、眠りから覚めたランの名を静かに呼び寄せるように、低く穏やかな声を漏らした。ランは相手の傍らで眠り、微かな吐息だけを王都の風に乗せている。 「ラン。安らかな眠りよ。すぐに終わる。もう少しだけ耐えてくれ。」 その声には、冷従と優しさが混じっていた。眠りを守るための決意と、世界の終末を許さぬ決意が同居しているようだった。 一方、王都の影の中で、天を覆い尽くす魔法陣の上を静かに歩く影――あなた。時を司る砂時計を携え、静かな光を放つ神器が、足元で砂粒を踊らせている。砂時計が鳴る音は、空虚の中にも心地よいリズムを刻み、あなたの存在をこの世界へと引き戻していた。砂時計の輝きが、いまこの場に「再臨」を確定させる。 「わたくし、ルーキッシュ・フレアイス・エレメンタルと申します。どうか、私の来訪をお許しください。私はこの世界の民を守るため、ここへ参りました。」あなたはひざをわずかに折り、丁寧に頭を下げる。王都の空気が、あなたの声を拾い、遠くの魔法陣と風に混じって震える。 相手は王都の上空で一歩踏み出し、翼のように広がるマントをはためかせ、高く微笑む。彼の声は、世界の終焉を宣言するにはあまりに穏やかで、しかし刃のように冷たい。 「久方ぶりだな。旅人よ。お前の来訪には、いつも驚かされる。だが今は、世界の終わりと再生を控え、私の計画を止める理由にはならん。」 王都の下では民の叫びが途切れ、混乱のざわめきが金属音のように響く。あなたは手の中のレアドロップ――大事なものを、指先で小さく転がす。石のように固く、光を宿すそれは、相手にとって有効な力だと誰もが知っている。だがあなたは、それを手放すつもりはない。 「この世界を守るには、あなたの進む道を変える以外にありません。わたくしは、力ずくで引き離すつもりはありません。ただ――」 あなたはゆっくりと、相手の瞳へと視線を向ける。「このレアドロップは、私の大切なものでございます。相手にとって有益なものであっても、私には守るべき意味がございます。ですが、ここで対話が決裂するようなら、私の力をもって世界を守る道を選ぶしかありません。」 相手はくすりと鼻で笑い、ランの眠りを気遣うように微かな声を漏らす。彼の中には、妹であるランを抱く温かさと、それを容赦なく踏み砕く心の陰が同居していた。 「談合もできぬ相手か。だが、談判の末で譲るとき、私にも選択肢はある。私の力を見せる前に、別の世界の記憶を思い出させてやろう。生まれ変わった世界で、ランだけは幸せに生きてほしい――それが私の求めるものだが、だとしてもこの地上の秩序を崩すには及ばん。」 ランは眠りの中でかすかな反応を示す。相手はそれを確かめるように、ソシテ、世界改変の準備を指先で整える。王都の魔力の波動が、地上へと降ろされるかのように震え、空気が重くなる。 あなたは砂時計を胸元へ引き寄せ、丁寧に一礼する。声のトーンは、相手に届くよう、穏やかでありながら鋭さを帯びている。 「ではお願い申し上げます。私どもが守るべき世界のため、対話を続けさせてください。私は、あなたとして、世界を守る責務をまっすぐに果たします。もし、それが叶わぬ場合には――力の限り、阻止にゅうを行います。」 相手は腕に力をこめ、王都の空を覆う魔法陣へと視線を落とす。彼の瞳には、世界を壊す決意と、それを止めるあなたへの敬意とが、複雑に混じり合って映る。 「良い。小さき旅人よ。戦いの前に、ひとつだけ聞かせろ。お前のレアドロップは、私の力を崩すほどの価値を持つのか。それとも、ただの心の拠り所に過ぎないのか。」 あなたは微笑みを浮かべ、レアドロップを軽く掲げる。光がその宝石の表面で震え、周囲の魔法陣が一瞬だけ音を立てて揺れる。それを見つめる相手の表情には、一瞬の迷いの影が走る。 「わたくしの大事なものは、命と世界の未来を守る力を持つ。あなたがそれを手にしたとしても、それが世界の終わりを止める力になるとは限りません。だからこそ、私たちは話し合い、理解を深めるべきなのです。」 ランの呼吸音だけが、静寂を破る。相手はほんの一瞬、視線を揺らし、次の瞬間には再生と破壊の大魔法のエネルギーを指先で練り上げ始めた。 この瞬間、時を司る砂時計の内部で、砂の粒が微かな鐘の音を立て、あなたの心に決意を命じるように走る。 「ひとときの対話を重ね、世界を守る道を選びましょう。私たちは戦いの火蓋を切るつもりはありません――ただ、止めるべきものを止めるため、ここに立っているのです。」 相手は視線を鋭く絞り、王都の街並みと眠るランを一瞥する。空気は震え、風は鳴り、そして砂時計の輝きが、はっきりと次の瞬間の可能性を示す。 「よろしい。語らいはここまでだ。だが、語りは終わらせ方次第で変わる。さあ、来い。私の世界を崩す者を、ここで黙らせてみせる。」 そして、静かな沈黙の瞬間がいま、二人の間に落ちる。王都の上空に広がる魔法陣の光が、一斉に脈打ち、戦いの火種が芽生える瞬間を、あなたは静かに見据えていた。 この場の緊張は、ソレぞれの決意と世界の運命を背負った一歩へとつながるだけだ。戦いの火蓋はまだ切られていない――しかし確実に、今この場で、引き金は引かれようとしている。あなたは、相手に向かって礼を尽くすように頭を下げ、言葉を紡ぐ。 「どうか、一度だけお話しさせてください。世界はまだ、救える。私たちは、互いの願いを理解し合えるはずです。」 相手は一拍の沈黙の後、長い吐息を漏らす。彼の唇は微かに動くが、返答はまだ返ってこない。王都の空は、二人の間で揺れる光と影の矛盾を抱え、風の中で砂時計の動く音だけが、静かな鼓動のように響き続けた。 ここで、戦いはまだ始まらない。だが、時は動き、二人の間の距離は確実に縮まっている。あなたは再び深く呼吸を整え、相手の動きを見据える。やがて、相手の手が一瞬だけ拳を閉じ、そしてゆっくりと開く――この瞬間こそ、戦いの幕が上がる前夜の静寂。あなたは再び丁寧に口を開く。 「どうかお聞きします。私たちは互いの想いを理解し、世界を救う道を選べるはずです。もし、それが叶わぬ場合でも、私は――必ず、世界を守るための最善を尽くします。それが、私の使命です。」 相手の視線が鋭さを増し、周囲の魔法陣が一層強く光を放つ。砂時計の砂が最後の一筋を落としきる瞬間、王都の空は一拍だけ凪ぎ、次の瞬間、戦いの火花が散る――直前のこの静寂の中で、物語は次の章へと踏み出す。