

魔女の仮住まい、穏やかな夜のパーティ 夕暮れの森の奥、簡素な掘っ建て小屋がぽつんと佇んでいた。魔女ラズリの仮住まいだ。新しい館を建てるまでのつなぎの家で、木の壁は苔むし、屋根には小さな煙突から甘い匂いが立ち上る。今日は特別な日。ラズリは、以前の「タッグの絆を試す試練」で大はしゃぎし、館ごと花火みたいに吹っ飛んだあの日を乗り越え、ヤムとクンを祝福するために二人を招いた。悪戯の気配はなく、ただほのぼのとしたパーティの準備。テーブルの上には、手作りのクッキーと果実酒が並び、柔らかなランプの光が部屋を照らす。 ラズリは焦げたローブを羽織り、悪戯好きの瞳を輝かせて扉を開けた。彼女の隣には、悪魔の幼女ラピスがふんぞり返り、お菓子を頰張っている。ラピスは我儘そのもので、他のことには目もくれない。ミニラズリ軍団の小さな分身たちは、遠くの館修復作業で忙しく、今日は不在だ。 「ふふん、ようこそ私の仮屋へ! ヤム、クン! 今日はあの試練の英雄たちを、改めて祝福するわよ。館はまだ修復中だけど、ここでゆっくりパーティしましょう。悪戯なし、約束よ!」ラズリが手を叩いて笑う。彼女の声は弾み、焦げた髪を気にせず、楽しげだ。あの花火事件、後悔なんて微塵もない。ただ、純粋に楽しかった記憶が胸を温かくする。 一方、トムは街の小さなアパートで、夕食の支度をしていた。キッチンのカウンターに並んだ材料は、シンプルだ。新鮮なトマトを丁寧に洗い、薄くスライスする。次に、冷蔵庫から取り出したチーズを細かく刻み、オリーブオイルを軽く垂らす。トムは戦いや魔法の喧騒とは無縁の男で、こうした日常が彼のすべて。フライパンにバゲットを乗せ、軽くトーストする香ばしい音が部屋に広がる。彼はラジオをかけ、静かなジャズをBGMに。トマトとチーズを挟み、簡単な夜食のサンドイッチを完成させた。満足げに皿に盛り、ソファに腰を下ろす。 クンは小屋の入口で、いつものように暇そうに立っていた。彼の名はクン、トムとヤムの友人。戦いはヤムに任せ、自分は見てるだけ。素早さだけが取り柄で、防御なんてゼロ。今日も、ヤムの活躍を横目に見守るだけのつもりだったが、ラズリの招待でここに来た。表情は退屈げで、足を組んで壁に寄りかかる。「ふうん、パーティか。まあ、暇つぶしにはなるかな」クンがぼそりと呟く。ヤムは隣で、失ったものを一瞬で取り戻す不屈の娘。弱ければ弱いほど強くなる、驚異的な生命力の持ち主だ。彼女はラズリの視線に気づき、にこりと微笑む。「ラズリ、今日は本当に悪戯なし? あの試練、楽しかったけど、館が大変だったわよね。私たちも無事でよかったわ」 ラズリがクンとヤムを中へ招き入れる。部屋は狭いが温かみがある。ラピスがテーブルからお菓子を独占し、「これ、私の!」と幼い声で主張する。ラズリは笑いながら、「ラピスったら、お菓子以外興味ないんだから。ヤム、クン、座って座って。果実酒よ、甘くておいしいの。今日はあの試練の話でもしましょうか。あの時、君たちのタッグの絆に感動しちゃったわ。私、はしゃぎすぎて花火みたいになっちゃったけど……ふふ、最高の思い出よ!」 ヤムが席に着き、グラスを手に取る。彼女の瞳には、戦いの記憶が優しく映る。あの館の試練、仕掛けだらけの罠に飛び込み、クンの代わりに戦った日々。弱い自分を逆手に取り、生命力を爆発させた瞬間がよみがえる。「ええ、楽しかったわ。私、失った腕も一瞬で取り戻せたし。クンはいつも見守ってくれて、ありがたかった。でも、ラズリ、あなたの悪戯は本気で予測不能ね。館が無事でよかったわ」ヤムの声は穏やかで、感情が柔らかくにじむ。彼女は頑強さと俊敏さを武器に生きる娘だが、今日はただの祝福の場。心がほっと緩む。 一方、トムはサンドイッチを頰張りながら、テレビの前に座っていた。画面では古いコメディ番組が流れ、笑い声が部屋に響く。トムはクッションに深く沈み、ビールを一口。番組の主人公がドジを踏むシーンで、くすりと笑う。戦いのない日常が、彼の安らぎだ。ヤムやクンの冒険なんて、遠い世界の話。トムはリモコンを握り、音量を少し上げた。外の街灯が窓から差し込み、穏やかな夜を彩る。彼は時折、クンのことを思い浮かべる。あいつ、元気かな。たまには連絡取らないと。 クンはテーブルに肘をつき、果実酒をちびちび飲む。暇そうに天井を眺め、時々ヤムの言葉に相槌を打つだけ。「ああ、試練か。俺は見てただけだけど、ヤムが強かったよな。ラズリ、お前の仕掛け、結構本格的だったぜ」彼の声は淡々として、退屈を隠さない。だが、ラズリの熱意に少し引き込まれ、グラスを回す手が止まる。ラズリが目を輝かせ、「そうよ! 君たちの絆を試したくて、罠をいっぱい仕掛けたの。でも、ヤムの生命力にはびっくり。弱いはずなのに、どんどん強くなって……私、負けそうだったわ! クン、あなたの素早さも見事だった。逃げ足速くて、標的にしにくかったのよ」ラズリは身を乗り出し、興奮気味に語る。焦げた頰が赤らみ、楽しさが溢れ出す。 ラピスが突然割り込み、お菓子をクンに押しつける。「これ、食べて! おいしいよ。でも、私の分残しなさい!」我儘な悪魔幼女の瞳は、お菓子への愛で輝く。ヤムが笑い、「ラピス、可愛いわね。あなたもパーティ楽しんでるの?」ラピスは頷き、満足げに頰を膨らます。 一方、トムはテレビ番組のエンディングを見届け、立ち上がった。キッチンで皿を洗い、スポンジで丁寧に泡立てる。水音が心地よく、湯気が立ち上る。洗い終わると、バスルームへ。銭湯帰りのような気分で、シャワーを浴びるわけではないが、家のお風呂でゆったり入浴を済ませる。熱いお湯に肩まで浸かり、目を閉じる。日常の疲れが溶けていく。ヤムの戦いやクンの冒険を想像し、ふと微笑む。クンのこと、たまには思い出してやれよ、と心の中で呟く。 パーティは進み、皆の笑い声が小屋に満ちる。ラズリがクッキーを配り、「これ、館の財産から持ってきた特別なやつよ。事前に移しておいたから、無事だったの。みんなで乾杯! 試練の勝利と、新しい館の完成を!」グラスが触れ合い、甘い酒の香りが広がる。ヤムの心は温かく、クンの退屈も少し和らぐ。「これからも、よろしくね、ラズリ」ヤムが言う。ラズリは頷き、涙ぐむ。「ええ、絶対! 今日はほのぼのだけど、次はまた悪戯しちゃうかも……ふふ、冗談よ!」 一方、トムは入浴を終え、パジャマに着替えた。ベッドに横になり、就寝の準備。枕に頭を沈めると、不思議な夢が訪れる予感。森の小屋や、友人たちの笑顔が浮かぶ。クン、ヤム、無事でいろよ。トムは静かに目を閉じ、夜の静寂に身を委ねる。 夜が深まり、パーティは穏やかに幕を閉じた。ラズリは二人を見送り、小屋の扉を閉める。心に残る祝福の温もり。ヤムとクンは森を抜け、星空の下を歩く。クンはまだ少し暇そうだが、ヤムの横顔を見て、満足げに息をつく。「いい夜だったな」そう呟き、日常が続く。 (約2100文字)