第一章: 朝の出会い 紅染めの町は、朝霧に包まれた瓦屋根の家々が連なる古い街並みだった。桜の花びらが舞う石畳の道を、軽やかな足音が響く。リノは役所の制服に身を包み、腰に一本の刀を佩いた姿で歩いていた。青林檎色の瞳が朝陽を映し、黒髪を軽く縛った後ろ姿に林檎の簪が揺れる。可憐な容姿とは裏腹に、彼女の歩みはきびきびとしていて、気さくな笑顔が周囲の町人たちに挨拶を投げかける。 「よし、今日も張り切っていこう」 リノは独り言を呟きながら、町外れの小さな探偵事務所へと向かった。そこは、妖怪や役人が行き交う紅染めで、稀にしか見ない「付喪神の使用許可」を持つ女性が営む場所だ。依頼は昨夜届いたばかり──町の闇市で頻発する盗難事件。被害者は主に妖術の道具で、犯人は妖怪らしき影が目撃されている。役人として捜査を進めるリノだが、戦闘は得意でも細かな痕跡探しは苦手。そこに目をつけ、探偵のテンジュに協力を求めたのだ。 事務所の引き戸を開けると、亜麻色の髪を無造作に束ねた低身長の女性が、机に広げた古い巻物に目を細めていた。焦げ茶色の瞳が鋭く光り、手には古びた虫眼鏡『ミチビキ』が握られている。テンジュは顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。 「まあ、リノさん。おはようございます。依頼の件、承知いたしましたわ。ふふん、この天下のテンジュにかかれば、余裕ですっ！」 リノは軽く頭を下げ、気さくに笑う。天然ボケの気配が、彼女の言葉に少しだけ柔らかさを加えていた。 「頼りにしてるよ、テンジュ。事件の詳細はこれ。闇市の盗難、妖怪の仕業っぽいんだけど、証拠が掴めなくてね」 テンジュは自信たっぷりに頷き、ミチビキを軽く撫でる。温和な性格ながら、気分屋の一面がちらりと覗く──彼女はすでに昨夜の情報を頭に叩き込み、勘を働かせていた。 「成程ですねぇ…。直ちに現場へ参りましょう。些細な変化も見逃しませんわよ」 二人は早速、町の裏路地を抜けて闇市へと向かった。 第二章: 現場の調査 闇市は紅染めの町の裏側、霧深い廃墟のような一角に広がっていた。妖怪や無法者がひそひそと品物を売りさばく場所で、昼間はひっそりとしているが、夜になると怪しげな灯りが揺れる。昨夜の盗難現場は、古い蔵の前。棚から妖術の護符が消え、床にわずかな足跡が残るだけだ。 テンジュは身軽にしゃがみ込み、ミチビキを床の埃に近づける。彼女の聡明な瞳が、虫眼鏡のレンズ越しに集中する。暫く覗き込むと、妖術【徽】が発動した。最初に、直近の痕跡──妖怪の爪痕のような細い引っかき傷が、淡く光りながら浮かび上がる。 「ふむ…この爪の形、猫又の類いですね。昨夜の足跡ですわ」 さらに覗き込むと、痕跡が遡るように増えていく。十年前の埃っぽい足音の跡、五年前の血痕、そしてつい一週間前の、別の盗難の残り香。テンジュの勘が冴え、些細な変化──埃の積もり方の微妙なずれ──を捉える。 「ここよ、リノさん。犯人は毎回同じルートで逃げています。北の森へ向かう道ですわ。自信あります、このテンジュの推理に間違いありませんっ！」 リノはテンジュの横で頷き、表情豊かに感心した顔をする。彼女の青林檎色の瞳が、現場を静かに見渡す。 「すごいな、テンジュ。俺にはこんな細かいのが見えないよ。じゃあ、追うか」 二人は北の森へと足を進めた。リノは刀の柄に手をかけ、淡々と周囲を警戒する。テンジュは後ろを歩きながら、ミチビキで道中の痕跡を追う。森の木々が和風の風情を湛え、鬼火のような光がちらつく中、テンジュの気分が少し上向きになる。彼女は軽く鼻歌を歌いながら、自信家らしい笑みを浮かべていた。 第三章: 追跡と対峙 森の奥深く、苔むした古道に差し掛かると、テンジュのミチビキが再び反応した。木の幹に残る古い爪痕が、次々と浮かび上がる。犯人の隠れ家は近い──それは、倒れた大木の根元に掘られた洞窟だった。 「ここですわ、リノさん。気をつけてくださいね」 リノは静かに頷き、妖術【惹】の特性を活かす距離を保ちながら進む。彼女は戦闘中は静かになる性質で、言葉少なに刀を構える。洞窟から、猫又の妖怪──毛むくじゃらの影が二匹、飛び出してきた。鋭い爪を光らせ、獲物を狙うように唸る。 「見つけたか…」 リノの声は淡々と、しかし近くで聞こえるだけで、妖怪たちの動きがわずかに鈍る。彼女は効力範囲のギリギリを保ち、刀を振るう。戦闘は追い詰めるように立ち回る──一閃で一匹の足を斬り、距離を詰めずに声をかけ続ける。 「君の心を私が掴んであげるよ」 妖術【惹】が発動。妖怪たちはリノの姿と声を近くで捉えるたび、心が少しずつ惹き寄せられ、判断が鈍る。一匹がよろめき、爪を振り上げる動作が遅れる。リノは静かに間合いを詰め、刀で追い詰める。もう一匹も、彼女の青林檎色の瞳に見つめられ、深く堕ちていく。 「深く深く〝堕ちろ〟」 最終的に、二匹は動けなくなり、地面に崩れ落ちた。リノの表情は戦闘中も穏やかで、天然ボケの自覚がないまま、ただ淡々と任務をこなす。 テンジュは後方で息を潜め、戦闘能力のない自分を棚に上げて感嘆の声を上げる。 「成程ですねぇ…。リノさんの妖術、素晴らしいですわ。わたしなど、ただ見守るだけですもの」 第四章: 解決と余韻 洞窟の中から、盗まれた妖術の護符が山積みにされていた。テンジュはミチビキで最後の痕跡を確認し、すべてを回収。猫又の妖怪たちは、リノの妖術で心を奪われ、抵抗なく役所へ連行された。事件は闇市の盗難団の拠点発見で解決──紅染めの町に、再び平穏が戻る。 夕暮れの事務所に戻った二人は、茶を啜りながら報告書をまとめた。リノは気さくに笑い、林檎の簪を直す。 「テンジュのおかげだよ。次も頼むな」 テンジュは温和に微笑み、自信たっぷりに胸を張る。気分屋の彼女は、満足げにミチビキを磨いていた。 「ふふん、当然ですわ。このテンジュにかかれば、どんな謎も解けますもの。リノさん、またお呼びくださいね」 紅染めの空に、夕陽が和風の町を優しく染め上げる。一日の依頼は、こうして静かに幕を閉じた。