

雲のベッドと青い研究者の夢 どこまでも続く雲の海が広がっていた。柔らかな白い波がゆっくりと揺れ、足を踏み入れるとふわふわとした感触が全身を包み込む。空は淡いピンクと金色に染まり、遠くには虹色の光の筋が流れている。ここは天国のような、しかしどこか現実離れした場所。夢の世界だ。 その中心で、巨大な雲の塊を寄せ集めて作った特大の枕に寄りかかり、ビーちゃんは眠たげに目を細めていた。淡い虹色のパジャマが雲の白に映え、紫色の髪が風もないのに優しく揺れている。一人称を「ビーちゃん」と呼ぶこの少女は、邪神の名を冠しながら、ただただ夢旅行を楽しむ存在。現実には決して足を踏み入れない、夢だけの住人だ。 「んぅ……あ、おはよう〜……アナベル、起きたの? ここは夢の世界だよ。ビーちゃんがアナベルの見たい夢、叶えてあげるね〜……」 ビーちゃんの声は、眠気を帯びた元気な響きで響き渡った。彼女のスキルはシンプルで強力——アナベルが見たいもの、したいことを読み取り、瞬時に実現させる。戦いを望めば剣を、のんびりを望めばベッドを、風景を変えたいなら一瞬で世界を塗り替える。どんな願いも、夢の中なら叶う。 突然、雲の床に小さな足音が響いた。そこに現れたのは、水色の髪を肩まで伸ばした少女、アナベル・ストラウス。緩い白衣の下にネクタイを締め、黒色の携帯用ノートPCを大切そうに抱えている。彼女は普段、科学機関の研究室でモニターと向き合い、不規則な生活で寝不足気味の幼い研究者だ。純粋で聡明、合理的で冷静——だが、子供扱いされるとムキになるのが玉に瑕。 アナベルは周囲を見回し、目を丸くした。現実の研究室から一転、雲の上に立っている自分に気づく。PCの画面はまだ起動したまま、検索ウィンドウが開いている。 「え……ここは、どこですか? 夢……? 待ってください、私の睡眠ログを確認します。……む〜っ、寝不足のせいですかね。でも、こんな非現実的な空間、科学的に説明がつきませんよ!」 彼女は即座にノートPCを開き、キーボードを叩き始める。指先が高速で動き、画面にデータが次々と表示される。心拍数、脳波パターン——すべてが「夢」の兆候を示している。アナベルは眉を寄せ、冷静に分析を進める。 「ふむ……REM睡眠中ですね。では、この空間のルールを解析します。……あなたは? 誰ですか? 私の夢に介入している存在……?」 ビーちゃんは雲の枕から体を起こし、くすくすと笑った。紫色の髪がふわりと舞い、虹色のパジャマがきらめく。彼女は何事にも動じず、常に眠そうで元気。アナベルの視線を真正面から受け止め、柔らかく微笑む。 「ビーちゃんはビーちゃんだよ〜、アナベル。アナベルの夢に遊びに来たの。ねえ、何が見たい? したいこと、教えて。ビーちゃん、なんでも叶えちゃうよ〜。戦いたい? それとも、のんびりゲーム? 研究室みたいにしたい?」 アナベルはPCの画面から目を離さず、ビーちゃんを観察する。【Operating System】——彼女の頭脳は即座に相手の基礎情報をスキャンし始める。夢の中とはいえ、合理的思考は止まらない。 「ビーちゃん、ですか。解析中です……あなたは『夢の中に存在する邪神』、現実世界には干渉不可。スキル:夢の操作全般。興味深いですね。私の夢を読み取っている……? ふむ、ならテストしますよ。まずは、この雲の床を『科学研究所』に変換してください。机、モニター、実験器具、全て揃えて。」 ビーちゃんは目を細め、眠たげに手を振った。すると、雲の海がざわめき、瞬時に形を変える。目の前にはピカピカの研究室が広がっていた。白い机に最新の量子コンピューター、壁一面のモニター、棚には試薬やツールが並ぶ。アナベルのノートPCも自然に机の上に置かれ、接続完了の音が鳴る。 「わ〜、できたよ、アナベル。どう? ビーちゃんの夢、すごいでしょ〜。次は何? もっと難しいの?」 アナベルは白衣の裾を直し、机に座ってモニターを操作し始める。子供っぽい興奮が僅かに顔を覗かせるが、すぐに冷静さを取り戻す。 「完璧です。物理法則を無視した即時生成……素晴らしい。再現性テストを。次は『宇宙空間』にしてください。星雲とブラックホールを追加で。」 再び世界が溶け、雲は消え、辺りは無重力の宇宙に変わった。アナベルは白衣がふわりと浮く中、PCを膝に抱え、星雲のデータを入力。ビーちゃんは隣で浮遊しながら、くすくす笑う。 「アナベル、楽しそう〜。ビーちゃんも嬉しいよ。でも、もっと遊ぼうよ。戦闘とか? ビーちゃん、強い敵出せるよ〜。」 アナベルは首を振る。「戦闘は非効率です。データ収集を優先しますよ。……む〜っ、でも、子供扱いしないでくださいね! 私、立派な研究者なんですから!」 彼女の声に僅かなムキになる調子が混じる。ビーちゃんはそれを見て、目を輝かせる。夢の住人として、アナベルの「したいこと」を読み取っていた——科学者の好奇心を満たしつつ、遊び心を刺激する。 「じゃあ、アナベル。ビーちゃんに挑戦してみて? 夢の中でサイバー攻撃とか、できるかな〜?」 アナベルの目が鋭くなった。【Error Code】——精密なプログラムで相手の「不具合」を誘発させる。彼女はPCを叩き、仮想のコードを展開する。 「面白い提案ですね。では、試します。あなたの『夢生成システム』に侵入、脆弱性を探りますよ!」 画面に緑のコードが流れ、ビーちゃんの周囲にデジタルノイズが走る。雲が一瞬歪み、星雲がちらつく不具合が発生。ビーちゃんは眠そうに首を傾げ、しかし動じず笑う。 「わわっ、くすぐったいよ〜、アナベル。ビーちゃんの夢、崩れないよ? でも、面白い! もっとやって〜。」 アナベルはさらにコードを加速させる。合理的思考がフル回転し、子供っぽい勝利の笑みが浮かぶ。「解析完了! コアプロセッサにアクセス……エラーコード注入!」 夢の世界に亀裂が入り、宇宙が揺れる。ビーちゃんのパジャマにノイズが走り、紫色の髪が乱れる。だが、彼女はただ元気に手を叩く。 「やった〜、アナベル強い! ビーちゃん、負けそうかも……でも、夢は続くよ。次はアナベルが守る側?」 二人は笑い合い、夢の研究室でコードを撃ち合い、宇宙を駆け巡る。アナベルは白衣を翻し、PCを武器にビーちゃんの生成物を次々ハック。ビーちゃんはそれを楽しげに修復し、新たな風景を生み出す。戦いは遊びとなり、遊びは発見となる。 「ビーちゃん、最高です! こんな夢、初めてですよ!」 「うん、アナベル。ビーちゃんも楽しいよ〜……ずっとこうしてたいね。」 やがて、夢の時間が終わりを迎える。雲のベッドが再び現れ、二人は並んで横になる。アナベルの瞼が重くなり、PCの画面がぼやける。 「む〜っ、まだ終わりたくないですけど……また会えますか?」 「もちろん、アナベル。また夢でね〜……おやすみ。」 アナベルの意識が薄れ、現実の研究室に戻る。目覚めた彼女はベッドで体を起こし、ノートPCを閉じる。寝不足の頭でぼんやり思う——妙に爽快な朝だ。雲のベッドも、虹色のパジャマの少女も、すべて忘れ去られていた。ただ、心のどこかで、かすかな興奮の余韻が残る。 外では朝陽が昇り、アナベルは白衣を羽織ってモニターに向かう。今日も科学の探求が始まる。夢の記憶は、永遠にビーちゃんだけの秘密だ。