

雪降るクリスマスイブの朝。魔女学校の寮から少し離れた、白香の小さな家は、窓辺にうっすらと霜の花を咲かせていた。外の世界は純白の帳に覆われ、木々の枝は重い雪を纏い、静かにうなだれている。年末の気配が、空気の中に漂っていた。もうすぐ一年が終わる――そんな思いが、白香の心にぼんやりと浮かぶ。学校の友人たちはそれぞれ予定を立て、賑やかなクリスマスパーティや家族との団欒に繰り出していたが、白香の予定は直前でぽしゃってしまった。不幸なことに、親友の魔法少女見習いが風邪を引いてしまい、二人きりのお茶会は中止。手持無沙汰な一日が、こうして始まった。 白香は、暖かな寝床にくるまり、うつらうつらとしていた。ぶかぶかな黒ローブを毛布代わりに羽織り、白いブラウスが少し乱れている。制服風の衣装は、魔女学校の生徒らしい風格を漂わせるが、今はただの寝間着だ。首元には、訳ありの黒い首輪がぴったりと嵌まり、丁寧に磨かれた革が朝の薄光を鈍く反射している。猫耳は枕に埋もれ、尻尾はシーツの下で微かに揺れている。感情の動きに連動するその耳と尾は、今は眠気に負けてぴくりとも動かない。 「ふにゃ……もうすぐ今年も終わるね……」 控えめな独り言が、唇から漏れた。一人称はいつも「私」だが、こんな時、声はさらに小さくなる。極度の恥ずかしがり屋の白香にとって、一人でいるのは心地よい。学校ではいつも帽子とローブで猫耳と尻尾を隠し、他人に見られるのを極端に恐れている。純粋無垢な心の持ち主だが、コミュ障気味で、信用した相手でなければ警戒心が解けない。好きな焼き魚の匂いを想像しては、少しだけ元気を出そうとするが、眠気が勝る。真昼間からうたた寝しがちで、寝相も悪い。今日も、きっと一日中このままだろう。 そんな穏やかなまどろみを、突然の音が破った。玄関の扉を叩く、重々しいノック。ドンドン、と力強い響きが家中に広がる。白香の猫耳が、びくっと跳ね上がった。尻尾もシーツの下でびくびくと震え、感情の高ぶりを無意識に表す。 「え……? 誰……?」 目をぱちくりさせ、体を起こす。寝ぼけ眼でローブを整え、首輪を指で軽く撫でる癖が出る。来客など、予定にない。学校の先生か、それとも寮の管理人? 不安げに窓から外を覗くと、そこには雪のヴェールに包まれた不思議な光景が広がっていた。赤いソリが家の前に停まり、その横に立つのはゴツくて荒々しいおっさん――まぎれもないサンタクロースだった。白い髭が風に揺れ、赤いコートは雪を弾き、大きな袋を肩に担いでいる。目つきは鋭く、笑顔とは言い難い野性味のある表情だ。 白香は慌てて表へ出た。冷たい雪風が頰を刺し、猫耳がローブのフードから少しはみ出しそうになる。恥ずかしさに尻尾を必死で抑え、控えめな声で尋ねる。 「あの……私……利根崎白香ですが……どなた様……?」 サンタは白香を見下ろし、太い腕を組んだ。息が白く凍る中、その声は低く響く。 「オイ、娘っ子! 年末のクリスマスイブだぞ。プレゼント配りの手伝いを頼む! 忙しいんだ、さっさと来い!」 白香は呆然とした。サンタクロース? 本物? 魔法少女見習いとして不思議な出来事には慣れているはずなのに、これは予想外だ。猫耳がぴくぴくと動き、尻尾がローブの下で慌てふためく。純粋な心が好奇心を刺激しつつ、恥ずかしがり屋の本能が後ずさりを促す。 「え、えっと……手伝い……ですか? 私なんかでいいんですか……? ふにゃ……その、私、予定がなくて……でも、急にそんな……」 言葉が自信なさげに途切れる。サンタは我慢ならぬといった様子で、白香の細い腕をぐいっと掴んだ。ゴツい手が、冷たいのに温かみがある。抵抗する間もなく、ソリへと引きずられる。 「文句言うな! お前みたいな魔法使いの見習いがぴったりだ。さあ、乗れ!」 ソリは巨大で、木製の枠に鈴がじゃらじゃらと付いている。白香は慌てて乗り込み、ローブの裾を握りしめる。猫耳がフードから飛び出し、風に晒されそうになるのを、必死で押さえる。サンタが「ホッホー!」と叫び、鹿のいないソリが突然動き出した。雪の上を滑るように加速し、家が遠ざかる。白香の家は、雪の平原にぽつんと残され、年末の朝の光に照らされていた。 「わ、わわっ……! 待ってください……!」 ソリは急上昇した。雪の粒子が舞い上がり、地面が遠ざかる。白香の猫耳が風を切り、尻尾がローブの隙間から鞭のようにしなる。恥ずかしさと興奮が混じり、頰が赤らむ。純粋無垢な瞳が大きく見開かれ、雪雲の層を突き抜ける感触に息を飲む。冷たい風がローブをはためかせ、首輪が軽く鳴る。 雲海の上に出た瞬間、世界が変わった。眼下に広がるのは、無限の白い波。雪雲がうねり、青い空が覗く。遠くの山々は雪化粧を施され、年末の地球が宝石のように輝いている。クリスマスイブの特別な朝、太陽が雲の隙間から差し込み、すべてを幻想的に染め上げる。白香は目をぱちくりさせ、呆然とその光景を見つめた。手持無沙汰だった一日が、こんな冒険に変わるなんて。 「ふにゃ……すごい……私、こんなの初めて……」 控えめな声が、風に溶ける。サンタが笑い声を上げ、ソリを進める。新たな冒険が、雲海の彼方へ続いていた。 (約2800文字)