

ワイルドハントの夜 荒れ狂う風がソリを叩き、ちぎれ雲の隙間から見下ろす大地は、古い欧風の村々が点在する不気味な森に覆われていた。クリスマスイブの夜は、サンタにとって永遠に続く旅路だ。ごつくて荒々しいおっさんのサンタは、赤いコートを翻し、トナカイたちを操る手綱を握りしめていた。隣に座るのは、猫耳を魔女風の帽子で隠した少女――利根崎白香。ぶかぶかな黒ローブの下にサンタ服を着せられ、尻尾を必死に抑え込んでいる。魔女学校の見習い魔法少女は、すでにこの狂った夜行に慣れていたが、それでも眠気に負けそうになる。 「ふにゃ……もうすぐ今年も終わるね……」白香は控えめに呟き、揺れる猫耳が帽子の中でピクピク動いた。サンタの荒々しい笑い声が風を切り裂く。 「ハッハッハ! 年末だぜ、白香! この森はまだ人の手が入ってねぇ。ワイルドハントの伝説が生きてる土地だ。夜道で死霊の軍勢に出くわすと、魂を攫われて死ぬって話だぜ。オーディンって野郎が先頭に立って、黒い霧で追いかけてくるんだとよ!」 白香の尻尾がビクッと跳ね上がり、首輪がわずかに鳴った。純粋無垢な瞳が不安げに揺れる。「え、えっと……本当、なの……? 怖いよぉ……」コミュ障気味の声は風にかき消されそうだったが、サンタは肩を叩いて笑うだけ。ソリは村の上空を低空飛行し、煙突から煙の上がらない家々を眺めていた。贈り物の仕入れを終え、無数の街を渡った長い夜――ここで事件は起きた。 突然、後方から黒い霧が迫ってきた。冷たい風が骨まで凍るような気配。サンタの目が鋭く光る。「チッ、本物かよ! 来やがったぜ、白香! 覚悟しろ!」 霧の中から現れたのは、死霊の軍勢。青白い骸骨の騎士たち、腐った肉塊の亡魂、咆哮を上げる幽霊狼の群れ。先頭を駆けるのは、青黒い衣を纏った巨躯の神――オーディン。片目に眼帯を付け、片手に永遠の槍グングニルを握り、8本足の漆黒の馬スレイプニルが空を蹴って疾走する。馬の蹄は雷鳴を呼び、神の咆哮が夜を裂いた。「魂をよこせ! この夜は我らの狩場だ!」 「きゃあっ!」白香は悲鳴を上げ、猫耳が帽子から飛び出しそうになる。尻尾がパニックでブンブン揺れ、ローブを握りしめた。サンタは即座にソリを急旋回させ、高速起動の魔法を放つ。認識阻害の霧が敵の目をくらまし、トナカイたちが咆哮を上げて加速した。「逃げねぇ! ぶっ飛ばすぜ! 白香、魔法を撃て!」 戦闘が始まった。ソリは霧の中をジグザグに飛び、死霊の矢玉をかわす。サンタのごつい肉体が輝き、荒々しい拳を振るって先頭の骸骨騎士を粉砕。拳から放たれるクリスマス魔法――赤い光の爆発が亡魂を焼き払う。「くらえ、プレゼント・パンチ!」一撃で三体を吹き飛ばし、ソリを急停止させて反転。白香は震えながらも、魔女学校仕込みの魔法を呼び起こす。「ふ、ふにゃ……火の玉、よ……!」控えめな声で呟くと、手から小さな炎の球が連射。初心者らしい不安定な軌道だが、死霊狼の群れに命中し、爆ぜて霧を晴らす。 オーディンが吼える。「小娘が!」グングニルが閃き、槍の幻影が8本も分裂してソリを狙う。サンタは肉体を盾に受け止め、傷を負いながらも笑う。「甘ぇ!」認識阻害のベールを張り、槍を逸らす。スレイプニルの8本足が空を蹴り、馬体ごと突進してくる。ソリが高速で回避し、白香の尻尾が恐怖で逆立った。「サ、サンタさん、危ないよぉ……!」彼女は必死に風魔法を呼び、敵馬の速度を落とす。純粋な心が魔法を強め、突風が死霊軍勢を散らす。 熱い戦いが続く。サンタの拳がオーディンの脇腹を捉え、神の衣が裂ける。だがグングニルが反撃し、サンタの肩を貫く。「ぐっ……!」血が飛び、白香が泣きそうな顔で癒しの光を放つ。「だ、だめ……私、もっとがんばる……!」猫耳がピンと立ち、尻尾が集中の証に静まる。彼女の氷結魔法がスレイプニルの足を凍らせ、馬がよろめく。オーディンが槍を振り上げ、大霧を呼び寄せる。「終わりだ!」死霊の大波が迫る中、サンタはソリをフルスロットル。高速起動で軍勢を振り切り、白香の連射火球で後方を焼き払う。 互角の熱戦だったが、数で押され始める。サンタの傷が増え、白香の魔力も尽きかけ。「くそっ、今回は引くぜ! 敗走だ!」ソリが急上昇し、霧を突き抜けて逃げ切った。白香はへたり込み、「ふにゃ……怖かったよぉ……」とサンタの背中にしがみつく。尻尾が安堵で緩やかに揺れた。 難を逃れ、二人は村の寝静まった家に降り立つ。煙突から入り、暖炉の前の靴下にプレゼントを詰めようとした瞬間――そこにいたのは、オーディンとスレイプニル。神は素朴な木のテーブルで、もてなしの粥をすすり、黒馬は靴下に詰められた藁をむしゃむしゃ食べている。気まずい沈黙が流れた。 「……お前らか」サンタが低い声で呟く。オーディンは勺を置き、片目で二人を睨む。「フン、邪魔をしたな、サンタ。だが、この粥は旨い」白香は猫耳を帽子に押し込み、尻尾を隠して縮こまる。「ひっ……ご、ごめんなさい……」純粋な瞳が恐る恐る神を見つめる。サンタはため息をつき、プレゼントの袋から玩具を取り出す。「ま、狩りは終わりだろ。俺の仕事の邪魔すんなよ」オーディンは頷き、懐から飴玉を取り出し、靴下にそっと入れる。「豊作の加護をかけよう。来年も良い狩りを」黒馬が藁を終え、満足げに鼻を鳴らす。 実はこの放浪の神、オーディンはサンタの原型の一つ。古い北欧の冬の使者として、贈り物と恐怖を運ぶ存在だったのだ。気まずい空気の中、二人は静かに別れた。サンタと白香は次の家へ飛び立ち、年末の夜空を駆ける。 「ふにゃ……不思議な夜だったね……」白香の控えめな声が、風に溶けた。猫耳が優しく揺れ、今年も終わりを告げる星が瞬く。 (約2800字)