

常夜の港町 月光に照らされた港町ムーンライトは、夜の帳が永遠に降りたような異様な静けさに包まれていた。空には星一つなく、ただ淡い青白い光が街路を染めている。召喚されてこの世界にやってきたキサラギは、魔王討伐の依頼を胸に、旅の仲間と共に町の入り口に立っていた。 スレンダーな体躯に三つ編みを揺らし、気怠げに腰に手を当てたキサラギ。彼女の腰際には、常に持ち歩く拳銃――キキラスが収まっている。長身の青髪女性モクワカは、目が前髪で隠れた顔をキサラギに向け、熱っぽい視線を注いでいた。 「キサラギ……ここ、変な感じね。ずっと夜で、朝が来ないって船員が言ってたわ。あたし、キサラギのそばにいるだけで安心だけど……町民、みんなおかしいみたい」 モクワカの声は甘く、愛情が滲む。キサラギは無口に、ただ小さく頷くだけだ。 「おいおい、テメェら。こんな気色悪い町、さっさと調べちまおうぜ。俺の弾丸が疼いてんだよ」腰の拳銃から、荒っぽい男の声が響く。キキラスだ。意思を持つ魔銃は、キサラギの持ち物として常に会話に加わる。 キサラギは腰のキキラスに視線を落とし、気怠げに呟く。「……静かに。散策する」 一行は町の石畳を進み始めた。町民たちは広場で踊り狂い、正気を失った目で輪になって跳ねている。支離滅裂な叫びが夜気に溶ける。 「余も老けて参りましたァン! 月よ、月よ、許せぇ!」 一人の町民がキサラギに飛びついてきた。キサラギは素早く身を翻し、紅葉の技を発動。紅い防壁が瞬時に形成され、町民を弾き返す。町民は地面に転がり、即座に立ち上がって踊り続ける。 「やば苦無?(忍者) いあ、いあ、パスタぁ……」 「ピーピーピー(機械音) 跋扈します。ご祝儀下さい!」 モクワカが眉をひそめ、キサラギの腕にすがりつく。「キサラギ、危ないわ! あたしが守る……エレクトロビームで一掃しましょうか?」 キサラギは首を振る。「……無駄。元凶が不明。様子見」 キキラスが哄笑する。「ハッ、そいつら正気じゃねぇぜ。俺の『キキラスの妙技』でぶち抜いてやろうか? 弾丸が反射しまくって、町ごと掃除してやるよ!」 「黙れ。探るだけ」 一行は港近くの酒場へ。店内も狂乱の渦だ。カウンターの町民が泡を吹いて叫ぶ。「もあい! 月が月が、溶けるぅ!」 キサラギは『月光』のスキルを発動。召喚者たる彼女の力で、町民一人の精神を一時的に正気に戻す。男の目が澄み、震える声で語り始めた。 「朝が……来なくなってから、みんな狂ったんだ。元凶は……港の外れの古塔だと思うが……詳しくは……」 だが、数秒後、男の目が再び濁り、踊り出す。「パスタぁ! 忍者!」 モクワカが唇を噛む。「正気に戻っても、すぐ元通り……キサラギ、あたし、キサラギのためなら何でもするわ。愛してる……一緒に解決しましょう?」 キサラギは無言で頷き、港へ向かう。港には数隻の帆船が停泊し、大陸からの定期便だ。船員の一人が甲板から声を掛けてきた。常識的な口調で、正気を保っている。 「おお、旅人か! この町、朝が来なくなって以来、町民が狂っちまったんだ。元凶は不明だが、海に出りゃ安全だ。定期便で大陸に戻るかい? 魔王討伐の旅人なら、なおさらこの呪われた町に留まるなよ」 キサラギは船員を見据え、静かに問う。「……古塔の情報は?」 「港の外れにそびえる廃塔だ。月光が異様に集まってるらしいが、近づく者なし。俺らも今夜限りで出航だ。乗るなら今だぜ!」 キキラスが興奮気味に鳴く。「おい、塔ぶっ壊すか? 俺の弾で乱反射させて、元凶粉砕だぜ!」 モクワカがキサラギの手を握りしめる。「キサラギの判断に従うわ。でも……あたし、ずっとそばにいるから」 キサラギは港の空を見上げ、気怠げに決断を下す。「……ひとまず、海へ。定期便に乗る」 一行は帆船に乗り込み、船員の号令で帆を張る。狂った町民たちの叫びが遠ざかり、船は月光の海へ滑り出た。町の輪郭が闇に溶け、ひとまずの脱出――だが、魔王討伐の旅はまだ始まったばかりだった。