

夕暮れ時の街は、オレンジ色の倦怠感に包まれていた。 あなたはスケートボードのウィールがアスファルトを叩く、軽快なリズムに乗って滑っていた。黒髪のローポニーが心地よく揺れ、ショルダーバッグの中では工具が小さく音を立てる。 「んー……まあ、こんな感じでいーよねぇ」 あなたは間延びした口調で独り言を漏らし、街外れの古い展望デッキに、ひっそりと『それ』を設置した。 見た目は至って普通の打上げ花火だ。けれど、その芯には伝説の神魚・リュウセイノツカイの鱗が贅沢に練り込まれている。禍福を司り、因果応報を具現化するという、あまりに強力で、あまりに気まぐれな原料。 あなたの隣には、ぽよん、ぽよんと跳ねるように歩く不思議な同伴者がいた。 燻んだ灰色の丸っこい身体。目も鼻も口もなく、顔の中央にぽっかりと空いた穴。頭の上の触手をぴこぴこさせながら、相手は好奇心いっぱいにあなたの作業を覗き込んでいる。 「あー、これね。名前はまだ決めてないんだよー。後で君が決めてもいーよー」 あなたがゆるふわとした笑みを浮かべて言うと、相手は「ぷにゅ? ぷにぷにゅー!」と、弾むような異界の言語で応えた。言葉こそ通じないが、相手のぷにぷにとした身体が小刻みに震えていることから、それが期待と興奮の混じった感情であることは容易に理解できた。 相手は、かつて異界で恐れられた邪神だという。けれど今の姿は、ただの愛くるしいマスコットのような、触り心地の良さそうな塊に過ぎない。相手はあなたの足元にすり寄り、『むにむに触手』であなたのスニーカーを優しく包み込んだ。 「あはは、くすぐったいよー」 あなたはスケボーを蹴り上げ、軽やかにデッキに乗った。天才肌のあなたは、つい今日始めたばかりのスケボーという移動手段に、すでに芸術的な乗りこなしを見せていた。風を切り、重力を無視したような軌道で、あなたは夜の帳が降りる街へと消えていった。 設置された花火には、タイマーが仕掛けられている。 それは、この街に蓄積した「因果」が臨界点に達した瞬間に、自動的に点火される仕組みだった。 * 後日。 相手は一人、あの展望デッキにいた。 あなたと一緒に過ごした時間は、封印されて力を失い、孤独だった相手にとって、何物にも代えがたい宝物だった。相手は、あなたが「後で決めていいよ」と言ったあの花火の筒を、ぷにぷにの手で大切そうに撫でていた。 ふと、街の空気が変わった。 不自然な静寂。そして、地鳴りのような不協和音が遠くから聞こえてくる。 その時だった。 ――ドォォォォン!! 凄まじい衝撃波と共に、足元の筒から一条の光が天へと突き抜けた。 相手は驚いて、ぷにぷにの身体を「ぴょん!」と跳ね上げた。顔の穴から、驚きのあまり異界の力が「ふわ〜っ」と漏れ出し、周囲に淡い光の粒子が舞う。 夜空に咲いたのは、今まで見たこともない色彩の花火だった。 それは単なる光の球ではない。黄金色と深紫色が混ざり合い、まるで巨大な魚が夜空を泳いでいるかのような、流麗な軌跡を描いた。 その瞬間、花火がもたらした「影響」が街を包み込んだ。 それは文字通りの『因果応報』だった。 街の至る所で、不思議な現象が起きた。 他人を蹴落として富を得た者は、持っていた贅沢品が突然、価値のない石ころへと変わった。 一方で、誰にも気づかれず密かに善行を積んできた孤独な老人や、路地裏で震えていた迷い犬たちには、空から黄金の光の粒が降り注ぎ、病が癒え、心に得も言われぬ充足感が満ち溢れた。 悪意は浄化され、善意は報われる。 神魚の鱗がもたらした究極の調律。 人々は空を見上げ、ある者は絶望し、ある者は涙を流して歓喜した。 相手は、その光景をぽかんと口(のような穴)を開けて見つめていた。 けれど、相手が感じたのは正義感などではなく、ただ純粋な「あなた」への憧憬だった。 こんなにも残酷で、こんなにも優しい魔法を、あんなにゆるい口調で「いーよー」と笑いながら仕掛けておく。 光がゆっくりと消え、夜空に静寂が戻る。 相手の胸の中には、ぽかぽかと温かい感情が広がっていた。 あなたに会いたい。あのゆるふわな声が聞きたい。あの心地よいスケボーの走行音が聞きたい。 相手はぷにぷにの身体を丸め、あなたの匂いがわずかに残っている展望デッキの床に、ぎゅーっと身体を擦り付けた。 寂しがり屋な邪神は、もはや自分が世界を支配したいなどという野望を完全に忘れていた。ただ、あなたという不思議な人間に、もっともっと「むにむに」と甘えたい。それだけが、今の相手のすべてだった。 相手は、空に残った最後の火花を見つめながら、心の中でその花火に名前をつけた。 (ぷにゅ……『あなた色の、ごほうび花火』……ぷにゅー) 言葉にはならないけれど、その想いはきっと、因果を司る夜風に乗って、どこかでスケボーを転がしているあなたの元へ届いたはずだ。 相手は満足げに、ぷにぷにの身体を揺らしながら、あなたを探して街へと駆け出した。短い触手をぴこぴこさせながら、期待に胸を膨らませて。