

辺境の地の、忘れ去られたような小さな砦。そこには、あなた――「へっぽこ下っ端駐屯兵団」が配備されていた。 本来であれば、ここは戦略的な要衝であるはずだが、実際には道端の石ころに等しい場所だ。上官たちは「周辺地域の治安維持および偵察」という、いかにもそれらしい名目で休暇に出かけており、あなたたち下っ端にのみ、24時間365日の警備を丸投げしていた。 「なあ、本当にここに敵が来ると思うか?」 「無理あるだろ。地図を広げてもここ、ただの空白地帯だぞ」 あなたは、監視所のテーブルに積み上げたトランプタワーが崩れないよう、息を止めて調整していた。もう一人の同僚は、小瓶の中に無理やり帆船を押し込むボトルシップに没頭している。 本来、銃を手に、鋭い視線で地平線を凝視すべき時間だが、あなたにとっての「任務」とは、いかに効率的にサボり、時間を潰すかという高度なイメージトレーニングであった。 「あーあ、退屈だなぁ。誰か、誰でもいいから何か面白いこと起きないかな」 あなたが大きくあくびをし、そのまま心地よいまどろみへと落ち、机に突っ伏して深い居眠りに就いたその時だった。 夜の帳が降り、ひんやりとした風が吹き抜ける。 そこへ、ふわふわと、光を纏った白い物体が漂ってきた。 それは「相手」――かわいい白のおばけさんだった。 丸い体に、ちょこんと付いたニコニコマークのような口。相手は、この静まり返った砦に、ちょうどいい「驚かせ相手」がいることを見つけ、意気揚々とアプローチを開始した。 (いまだ! ここで「ばぁ!」ってやれば、きっと腰を抜かして逃げ出すはず!) 相手は、すべすべの白い体を最大限に膨らませ、あなたに忍び寄る。そして、あなたの耳元で渾身の力を込めて、最大級の驚かしを敢行した。 「ぼぅっ!!」 ……が、残念ながら、相手の声はあまりに愛らしく、鈴が鳴ったような心地よい音だった。 「ふぇ!? なに、いま、誰が喋った!?」 あなたは飛び起きた。あまりの急転直下に、握っていたトランプタワーが派手に崩落する。 目の前には、不気味さなど微塵もない、まんまるな白いおばけが、期待に満ちた目であなたを見つめていた。 「ひいぃぃっ! おばけだ! 幽霊が出たぞーー!!」 あなたは最大限にビビり、椅子から転げ落ちた。 しかし、相手は心の中で(えっ、驚いてくれた!)と大喜びである。相手にとって、恐怖して逃げ惑う人間こそが最大の報酬なのだ。 「待て! 撃つぞ! 撃つからな!」 あなたはパニックに陥り、慌てて銃を取り出そうとした。だが、極度の緊張状態にあるあなたの「スキル」が発動する。手が滑り、本来掴むべきライフルをなぎ倒し、代わりにその辺にあった「掃除用のホウキ」をガッチリと装備した。 「ど、どけ! この辺りから立ち去れ! さもないとこのホウキで……ええい、やけくそだ!!」 あなたはホウキを振り回し、へなちょこな威嚇を始める。しかし、その動きはあまりに不格好で、相手から見れば「不思議なダンス」にしか見えなかった。 (わあ、踊って歓迎してくれてる! この人、とっても優しいんだ!) 相手は喜び、さらにあなたに近づいて、すりすりと頬を寄せた。 その感触は、最高級のシルクよりもすべすべで、温かかった。 「ひいっ! 触られた! 呪われた! 私はもう終わりだ、人生の終わりだぁ!!」 あなたはそのまま地面に転がり、死んだフリを始めた。 もはや戦う意欲など欠片もない。ただ、この白い生き物が、自分を食べてくれないことだけを願っていた。 しかし、相手は不思議そうに首を傾げ、持っていたキャンディを、死んだフリをしているあなたの口元にそっと置いた。 「……ん?」 口の中に甘い香りが広がる。 あなたが恐る恐る目を開けると、そこには満足げに微笑む、世界で一番かわいいおばけさんがいた。 結局、敵軍が攻めてくることはなかった。 その代わり、砦の監視所には、不思議な光景が定着することになった。 「おい、またあのおばけにキャンディくれってせがまれてるぞ」 「いいじゃないか。警備よりよっぽど有意義だろ」 あなたは今でも、時折ホウキを持って走り回るが、それはもはや威嚇ではなく、相手を追いかけ回して遊ぶための日課となっていた。 上官たちが戻ってきたとき、そこには「おばけをペットとして飼育し、完全に脱輪した駐屯兵団」という、想定外の報告書が書き込まれることになったのである。