

珊瑚色の救いと、牡丹の涙 第一章:森の邂逅 陽光が木々の隙間から黄金色の粒子となって降り注ぐ、静かな森の中。 そこには、自分の背丈よりも大きなランスと大盾を抱え、一生懸命に歩く少女の姿があった。コーラルピンクの長い髪を揺らし、頭上の大きなあほ毛をぴょこぴょこと跳ねさせているのは、見習い騎士のルビィ・コーラルハートである。 「ふぅ……。今日はちょっと遠くまで来ちゃいましたね。えへへ、でも、あっちの方に珍しいお花が咲いてるって聞いたので!」 ルビィは、その清楚可憐な外見に似合わず、お腹がぐぅと鳴る音に頬を染めた。彼女の頭の中は、いまや任務よりも「帰りにギルドの近くで売っている特製イチゴケーキを食べる」という至福の計画でいっぱいだった。 しかし、その足が止まったのは、草むらの奥から聞こえてきた、か細い啜り泣きの声が聞こえたからだった。 「……あれ? 誰かいるのかな」 お人好しなルビィが放っておくはずがない。彼女は慌てて茂みをかき分け、その正体を確認した。そこにいたのは、ボロボロになった制服を纏い、白と赤の混じった不思議な髪色をした、小さく痩せた少女だった。少女の瞳はルビィと同じように紅く、しかしそこには深い絶望と、凍りつくような孤独が宿っていた。 少女――リグレットは、大切そうに一輪の牡丹の花を胸に抱きしめ、震えていた。 「あ……っ! ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりじゃなかったんです!」 ルビィは慌ててランスを脇に寄せ、屈み込んでリグレットの目線に合わせた。ルビィから漂う甘い香りと、屈託のない温かなオーラに、リグレットはびくりと肩を揺らし、警戒心に満ちた瞳で彼女を見上げた。 「……だれ……? わたしに……何か、用……?」 消え入りそうな、掠れた声。リグレットにとって、他人は自分を傷つける存在でしかなかった。 第二章:心を開く甘い時間 ルビィはリグレットの警戒心を解くため、ゆっくりと、そして優しく微笑んだ。 「わたしはルビィです! 見習い騎士をやってます。えへへ、ちょっと迷子になっちゃったんですけど、あなたも一人なんですか? どこか怪我してないかな……」 ルビィはそっと手を伸ばそうとしたが、リグレットは反射的に身を引いた。その腕には、過去の虐待によって刻まれた消えない痣がある。リグレットはそれを隠すように制服の袖を引っ張った。 「……触らないで。どうせ……わたしなんて、いらない子だから……」 その言葉に、ルビィの胸が締め付けられた。彼女は自分の持つ「お助け精神」をフル回転させ、カバンの中から大切に持っていた予備の蜂蜜クッキーを取り出した。 「そんなことないです! わたしはあなたがお友達になりたいなって思いました! ほら、これ、食べてみませんか? すごく甘くて美味しいんですよ!」 クッキーの甘い香りがリグレットの鼻腔をくすぐる。空腹だったリグレットは、戸惑いながらも、ルビィのあまりにも純粋な瞳に抗えず、恐る恐る一口だけ口にした。 「……あま、い……」 ぽつりと漏れた言葉。それはリグレットが人生で初めて味わった、「無償の優しさ」という名の味だった。 「えへへ、よかった! ねぇ、よかったらお話聞かせてくれませんか? わたし、あなたのお友達になりたいです!」 リグレットは、胸に抱いた牡丹の花を見つめた。この花だけが、唯一の心の拠り所だった。彼女はぽつりぽつりと、自分を虐げた父親のこと、居場所を失い、さまよっていたことを話し始めた。ルビィは途中で何度も涙を浮かべながら、「もう大丈夫ですよ」「わたしがついてますから!」と、一生懸命に頷き続けた。 第三章:静かなる守護者の消失 リグレットがルビィに心を開き始めた頃、彼女の精神の深層に潜んでいた「もう一人の自分」――ペルソナが、静かに目覚めていた。 ペルソナは、リグレットを守るための牙だ。リグレットが傷つく前に、相手を切り裂き、排除する。冷酷で容赦のない、防衛本能の化身。 (……このピンクの女は、本当に信用できるのか?) ペルソナは、リグレットの意識の裏側で冷徹にルビィを観察していた。もし、ルビィが少しでもリグレットを裏切る素振りを見せれば、即座に短剣を突き立てるつもりだった。 しかし、ルビィは期待を裏切らなかった。 リグレットを街へ連れ帰り、温かい食事を与え、清潔な服を用意し、そして何より、リグレットが「ここにいていいんだ」と思える居場所を、その無邪気な明るさで作り上げた。 ある日、ルビィがリグレットの手を握り、満面の笑みでこう言った。 「リグレットさん、これからもずっと一緒にいましょうね! わたし、リグレットさんが大好きです!」 その瞬間、リグレットの瞳から大粒の涙が溢れ出した。それは悲しみの涙ではなく、救われた者の歓喜の涙だった。 (……ああ、そうか。もう、わたしは必要ないんだな) ペルソナは、心地よい喪失感に包まれていた。 リグレットが自分以外の誰かを信じられるようになった。絶望という名の鎧を脱ぎ捨て、本当の笑顔を取り戻した。守るべき「孤独」が消えたとき、守護者であるペルソナの存在理由は消滅する。 ペルソナは、リグレットの意識の中で、静かに微笑んだ。 (……バカな女。……けど、まあ……いいか) 光に溶けるように、ペルソナという人格は静かに霧散していった。それは悲しい別れではなく、完全な救済だった。 エピローグ:五年の歳月を経て ――五年後。 ジュエルキングダムの街角には、今や街の有名人となった二人の姿があった。 「リグレットさーん! 見てください、新作のベリータルトですよ! えへへ、早く一緒に食べましょう!」 成長し、さらに美しくなったルビィが、大きなランスを背負ったまま、隣を歩く少女に駆け寄る。ルビィは騎士としての腕を上げ、今では立派な一人前の騎士として認められていたが、ケーキへの執着とあほ毛の跳ね方だけは変わっていない。 「もう、ルビィは本当に甘いものに目がなくて……。はいはい、行きましょうか」 隣で苦笑いしながら歩くのは、リグレットだった。 かつての痩せこけた姿はなく、頬には健康的な赤みが差し、穏やかな表情を浮かべている。彼女は今、ルビィのサポート役として、また街の図書館の手伝いとして、人々から愛される生活を送っていた。 「あ! そういえばリグレットさん、今日の夕飯の買い物、ピーマンだけは絶対に入れないでくださいね! お願いです!」 「ふふっ。わかってますよ。ルビィのピーマン嫌いは、もう伝説レベルですもんね」 二人は手を繋ぎ、賑やかな市場へと消えていく。 かつて絶望の淵で牡丹の花を抱きしめていた少女は、いま、珊瑚色の温かな光に包まれ、本当の「家」を見つけていた。 空には澄み渡る青空が広がり、二人の笑い声が心地よく響いていた。