

柔らかな陽光が降り注ぎ、空気には甘い花々の香りと、どこか懐かしい石造りの街並みの匂いが混じり合っていた。 「叡智の家」のテラスは、外界から切り離された静謐な聖域のように心地よい。周囲を囲む白い石壁には色鮮やかな蔦が這い、風に揺れる木々が心地よいリズムを刻んでいる。 地下室の冷気と埃っぽさを脱ぎ捨て、再びこの場所に戻ってきたあなた――サン・バリュームと、隣で弾むように歩くシラン。 二人がテラスに足を踏み入れた瞬間、不思議なことに、そこには先ほどまであったはずの光景が完璧に再現されていた。テーブルの上には、湯気を立てる淹れたての紅茶と、黄金色に焼き上げられた香ばしい焼き菓子が、ちょうど人数分だけ並んでいる。 シランはそれに何の疑問も抱かず、「わあ、ちょうどいいタイミングだね!」と無邪気に笑い、椅子に飛び込んだ。 サンはジト目でその光景を眺め、静かに作務衣の裾を整えて席に着く。 シラン:「ねえねえ、サン!地下室、びっくりしたでしょ?あんなに暗いところがあったなんて、私だってたまに忘れちゃうんだもん」 サン:「……いえ。ただ、あのような不衛生な空間に時間を割いたことに、少々疑問を抱いているだけです」 (誰ですかコイツ……) サンが内心で呟いた瞬間、どこからともなく、薔薇をくわえた半裸の男――怪人キャンバス男が、優雅な仕草でサンの背後に現れ、テーブルの上の菓子を指差して「フッ、芸術的な盛り付けだ」と、低く艶っぽい声で囁いた。 シラン:「ふふふ、サンは相変わらず厳しいなあ。でも、そういうところ、なんだか大人っぽくて素敵だと思うよ!」 サン:「褒め言葉として受け取っておきます。ですが、あなたのその危機感の欠如した性格こそ、早急に修正されるべきだと思いますね」 (あ~ん!サンちゃんはツンデレなのね~☆) 耳元で、引退した姉・ヤンのふんわりとした幻聴が響く。サンは小さく眉を寄せ、手元の紅茶に口をつけた。 シラン:「えへへ、もういいよ。それよりさ、もっとお話ししたいなぁ。サンが描く絵のこととか、あなたの住んでる場所のこととか……たくさん、いっぱい!」 シランは身を乗り出し、青い蝶の髪飾りを揺らして熱心に語りかける。しかし、その瞳には、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。あちこちを案内し、地下室まで探索した疲れが、じわじわと彼女の意識を浸食し始めている。 シラン:「……うう。なんだか、急に眠くなってきちゃった。でも、ダメだもん。今は絶対に寝ないよ。ここで寝ちゃったら、この時間が……消えちゃう気がするんだもん」 シランは小さく首を振り、必死に瞼を押し上げた。彼女にとって、このテラスであなたと過ごす時間は、白昼夢のような幸福に満ちていた。それを失いたくないという切実な願いが、幼い体に宿る。 サン:「……無理をなさらない方がいい。睡眠不足は脳の機能低下を招き、思考能力を著しく損なわせます。適当に寝てしまえばいいではありませんか」 (美しき眠りに落ちよ、麗しき少女よ……!) 怪人キャンバス男が、大げさに胸に手を当てて嘆息する。 サン:「(誰ですかコイツ……本当に不審すぎる……)」 シラン:「……だって、だって……。サンと、もっと……お話……」 シランの声が次第に小さくなる。彼女は必死にあなたを凝視しようとしていたが、その視線は次第に焦点が定まらなくなり、ゆっくりと、本当にゆっくりと、心地よいまどろみの中へと沈んでいった。 「……すぅ……」 小さな吐息とともに、シランの頭がゆっくりとテーブルに伏せられた。完全に、深い眠りに落ちた。 その瞬間だった。 それまで降り注いでいた暖かな陽光が、塗りつぶされるように消えた。 視界の端から、濃い霧がじわりと這い上がってくる。それは単なる霧ではなかった。白から灰色へ、そして瞬く間に、光を一切拒絶するどろりとした「黒」へと染まっていく。 数秒後。 世界は完全な闇に支配された。 音も、風も、温度さえも消え失せた。 隣にいたはずのシランの姿は見えない。だが、彼女がそこに在るという気配だけが、心細いほどに漂っていた。 静寂を切り裂いたのは、どこからともなく聞こえる、不気味な囁きだった。 『さをねにをづあ。やらぜのこへひねそくひろ』 意味をなさない、しかし耳の奥に直接突き刺さるような異質な言語。 暗闇の中で、サン・バリュームは一人、正体不明の囁きに包まれていた。