

【場所:アルファの本拠地・楽園】 (静寂に包まれた白い空間。再現体χ・ユリシスは、自身の存在の根源である空虚を見つめていた) ユリシス「……。これで、準備は整った」 (隣には、全身に火傷の痕を刻みながらも、穏やかな微笑みを湛えた紳士、アドニスが立っている) アドニス「準備万端のようですね、ユリシス。あなたという精巧な鏡に、真実という光を灯したこと……後悔はしていませんよ」 ユリシス「先生。僕に教えてくれてありがとう。シランが、彼女が……ようやくあの地獄から解放された。誰が彼女を救い出したのか、僕は知らない。けれど、いま僕の心に届く彼女の波紋は、とても静かで、穏やかだ」 アドニス「ふふ。見えない絆というものは、時に運命よりも強い。ですが、ここから先はあなたの道です。創造主である魔女アルファを討つ。それは、あなたという人形が『人間』として歩み出すための儀式となるでしょう」 ユリシス「……うん。僕はもう、誰かの複製として泣くのはやめたよ。僕の意志で、彼女の奪われた時間を、この楽園に塗り潰しに行く」 アドニス「ええ。協力者を募り、牙を研いでください。私はここで、あなたを導く灯火として待ちましょう」 ユリシス「さようなら、先生。……行ってくるよ」 (ユリシスは静かに歩き出す。背後に残された楽園の白さは、もはや彼にとって心地よい安息ではなく、打ち破るべき偽りの壁に過ぎなかった) * 【場所:遥か遠方、名もなき街道】 (日差しが降り注ぐ道端。サン・バリュームは、大きなあくびをしながら、龍髭の巨大毛筆を肩に担いで歩いていた) サン「……。あー、だるい。あんなところで時間を潰すなんて、人生の無駄遣いの極みですね」 (彼女の足元には、なぜか薔薇を咥えた半裸の男――怪人キャンバス男が、情熱的なステップを踏みながら並走している) キャンバス男「ハッ! だがその『無駄』こそが芸術の揺り籠! 君の筆致が、今この瞬間に世界を塗り替えたのだよ、お嬢さん!」 サン「(誰ですかコイツ……。あと、裸に薔薇はコンセプトが中途半端すぎて見ていられません)」 (その時、サンの耳にだけ、どこからともなく賑やかな幻聴が響く) 姉の幻聴『あ~ん! 芸術家はもっと情熱的に、こう、ドロドロに悩み抜くものじゃない☆ 根性が足りないのね~☆』 サン「うるさいです。姉さんの幻聴はいつだってタイミングが最悪。……それにしても」 (サンはふと、自分が先ほど解放した「何か」――シランという少女の存在を思い出す。彼女がどこへ向かったのか、今はわからない。だが、その魂が自由になったことだけは確かだった) サン「まあ、いいです。誰がどうあれ、救われたなら正解ってことで。……さて、次はどこで時間を潰しましょうか」 (サンは淡々と歩き出す。その背後で、キャンバス男が再び情熱的なポーズを決め、姉の幻聴が「お腹空いたわ~☆」と不毛な呟きを漏らしていた) (二人はまだ出会わない。けれど、世界というキャンバスの上に、不可避の交差点が描かれ始めていた)