※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 時は少し前に遡る。あなたとロメルが合流するよりも前に、コットの命を受けた終戦乙女達は九罪の箱庭へ突入し思い思いの行動を取っていた。 白面による妨害と侵入者に洗礼の如く降り注ぐ罠の数々は、彼女達を分断させる事に成功するも元がワルキューレな為に孤立による弱体化はさほど意味を成していなかった。 下級ワルキューレこそ倒せども、上級ワルキューレとなれば話は違う。 「ああ、何と静かな村落か。風が葉を揺らす音、川のせせらぎ──それらが空気へ溶け美しい旋律を鳴らす! まるでボクを歓迎しているようじゃないかぁ!」 静まり返った──いや、むしろ寂れた雰囲気を漂わせる廃棄された村落に場違いな大声を上げる終戦乙女が一名。 彼女の名前はセイユ、終戦乙女チームⅠ“空戦隊”に所属をする上級ワルキューレの一人。彫刻の様に均整の取れた肉体を白い軍服で包み、軍帽の下からは燃える星の如き双眸を覗かせる。 「ああ、なんて罪深いボク! この美しき肉体がこの区画の風情を完全に食ってしまっているではないかぁ! だが許しておくれよ、ボクは何時だって美しいのだから!」 額に手を当てて悩ましげなポーズをとる姿すらも美しく、その底抜けたナルシストな物言いと芝居がかった動作はまるでミュージカルの登場人物のよう。 人目を憚らず、場所を考えず、立場を弁えず、日夜己の美しさを隠すことなく見せつける。九罪の箱庭への侵入、そして同じチームのロメルを処分する作戦に従事しているにも関わらず彼女は普段の己を崩さない。 しかし、不真面目ではないのだ。 むしろ、彼女はいつだって真面目そのもの。 今回の作戦にセイユは進んで参加を表明したが、そこには彼女自身がロメルの処分が不当であるとの考えがあったからこそ。 (付け加えると怪我をしてばかりのセイユを休ませる──ではなく、空戦隊専属で手当てをしているガルデの負担を減らす為に出動を封じられた彼女は暇を持て余していたのもある) コットの外部補佐役兼セイユのお目付け役兼使い勝手の良い飛び道具扱いのモルデも、チームこそ同じであっても所属の違うセイユへ、とやかく言うことはなかった。 “迷惑をかけない範囲で好きにやってよい”と過労から来る倦怠感で不機嫌なモルデが言ったのもあってか、セイユはロメルを見つけて何処か遠くへ逃がそうと息巻いていたのだが── 「単純に美しすぎるボクと違って、ここは意地の悪い複雑怪奇な美に溢れているなぁ! 単純こそ美の神髄、とは言え虚飾や冗漫もそれまた美! ボクの美しさには敵わないけれどね! ハーッハッハッハ!!」 愉快痛快抱腹絶倒、正にそう表現する以外に見つからない高笑いをセイユは上げた。その褒め方は決して最適とは言い難いかもしれないが、自分こそが一番に美しく、それ以外は全て二番手であるという彼女の考えに基づくモノ。 傲慢不遜とも言えるが、事細かに美醜のランクを付けたがる人間と比べれば大分に平等である。もっとも、元がワルキューレである終戦乙女自体が美醜を判断する能力が欠如しているのだが。 「───さぁて、そこに隠れている者もそろそろ出てきたらどうだかなあ! 美しすぎるボクに気後れせず、どうどうと出てきたらどうだい!」 よく通る声と無駄に大仰な身振りを見せるセイユに促されるように、崩れた小屋の近くから一匹の魔物が姿を現す。やり過ぎな程に豪華絢爛な僧衣で包まれたでっぷりと肥え太った巨体を揺らし、魚の頭部を持ちし魔物はその生気を感じられない程に澱んだ眼でセイユを見る。 「ワルキューレでありながら、人と同じく外見ばかりに重きを置く愚かな終戦乙女。人の魂にて堕ちた神の身の残り滓も、その上っ面の言葉で台無しにするとは……まこと愚か終戦乙女よ」 開幕早々、中々にぞんざいな物言いで現れた虚飾の眷属である彼は、ぽかんとしたままのセイユを無視して自分の言葉を更に続けていく。 「中身の無い言葉で己を飾り立てる貴様が、この虚飾の区画へ辿り着くとは正に運命よな。暴いてやろうぞ、その飾り付けた外皮を剥いで、貴様の醜悪な中身を我──岩魚坊主が食ろうてやろう」 ぐわんと大きく口を開く岩魚坊主。 しかし、自分を丸呑みする程に開かれた口を前にしてもセイユは己のペースは崩すことはない。 「ハハッ、大口を叩くのはやめるべきだよ! 坊主の説法ならまだしも、“生臭坊主の説法”なんて無用の長物だからねぇ!」 背中の両翼から鮮やかな星の光を迸らせて、セイユは力強い羽ばたきで天高く飛び上がる。僅か数秒で成層圏までに達する速度を出すセイユだが、この九罪の箱庭は内部空間が歪んでいるせいか絶対に天井へ触れる事は無い。 だがセイユが誇る秘技“星降る夜”の威力に変わりなし。彗星の尾の如く空に軌跡を描き、セイユは凄まじい速度で岩魚坊主へと突撃する。 「ふん、見栄えが良いだけの外連味しかない技だ。他愛なし」岩魚坊主も余裕綽々に両手を薙いで発生した水魔法で相殺させる。 まさか自分の奥義を簡単に防がれるなど、露にも思わなかったセイユの顔が一瞬素に戻る。だが、それと同時に彼女は岩魚坊主の水魔法に感じた違和感を見逃さない。 「ハッハハ! 成る程──所で、その魔法を使う為に何人食べたのかい」 唐突なセイユの言葉に岩魚坊主は僅かに動揺を見せる。彼の反応にセイユは確信を得た。 「技術であれ学びであれ、技であれ──それを獲得し己のモノとするまでには多くの過程を踏むもの。強い技を知ったからといって、それをすぐに自分のモノに出来ないのは至極当背な話さ! 度からこそ、キミの“技(それ)”は威力に見合うだけの連度が足りなすぎる!」 セイユは再び──力強く地面を蹴って飛翔する。だが、先程よりもその高度は少し低い。 「戯言だ──それは私に敵わぬ言い訳に過ぎん」 動揺を隠せていない岩魚坊主だが、彼はセイユの突撃に合わせて先の水魔法を再度準備する。 その構えに──セイユは決定的な言葉を“さも引き金を引くが如く”突きつける。 「いいや、事実さ! 先人の知恵をそのまま当て嵌める事が如何に愚かなことか──しかと目に焼き付けるんだね!」 空中でぐるりと体を回し──空を蹴るが如くセイユは岩魚坊主を目掛けて突撃する。空を裂かんばかりの轟音と共に炎をまとう様は正に彗星。 だが──セイユの着地地点は岩魚坊主ではなく、彼の位置から“敢えて”ズレた場所へ落下したのだ。 「精度が悪いだけの雑な技よなぁ──」 岩魚坊主はそれに気づかずに水魔法を使って“全く同じ用法”で応戦する。 「敢えて外したのさ──キミのそれが届かないこの位置で、そして追撃をするだけの余力を残してね!」 吹き荒ぶ砂煙、荒れ狂う水魔法、それらの残滓を縫い様にして岩魚坊主の懐へとセイユは潜り込む。 その突撃を岩魚坊主は察しこそしたが、咄嗟に放とうとしたのはセイユの秘技を打ち消してきた“あの水魔法”。 威力こそ、確かに絶大。だが、それを出す程の猶予は今は無い。 「キミには知識の下地がないのさ! だから、咄嗟の行動に見合った技も出てこない」 星の力を纏い、炎が燃え盛る鋭い翼を構えたセイユは両翼を剣の如く振り上げて岩魚坊主の腹部を切り裂いた。 濁流の様な岩魚坊主の断末魔が響くと同時に、真っ直ぐ縦に割られた腹から彼の淀んだ血が大量の内容物と共にセイユへ押し寄せる。 飛び上がる間がないと判断し、彼女は両翼で己を包み込むようにして血の濁流を防ぐ。 数分後ようやく血の洪水は鎮まり、悍ましい程のドス黒さで染まった周囲と吐瀉物特有の鼻を突く臭いが漂う。 セイユの白く美しい両翼は当然、彼女の白い軍服も岩魚坊主の吐瀉物や血で酷く汚されている。ある種の悪あがきの様に岩魚坊主は彼女の美しさを徹底的に汚していったのだが、当のセイユは正にどこ吹く風な様子。 「ああ! こんな姿になっても、ボクは美しい──美しすぎる! 水も滴るイイ女とは正にこのことだあ!」 一見強がりのようだが、自らの両肩を抱いて悩ましげな表情をしている辺り、セイユは本気で今の自分の姿を美しいと思っている。 確かに見方によっては美しいのかもしれない。背徳的、或いは冒涜的行為によって引き起こされる美しさ──例えば崩れかけた建物や一部壊れた彫刻的な美しさが今の彼女にはあった。 「……それにしても、よくここまで大量の人を喰らったねキミは」セイユは息絶えた岩魚坊主の腹から流れ出ている夥しい数の溶けかけた人の遺体を目にする。 「魔法使い、僧侶、富者……ハハ、随分と偏食家だね。成る程成る程、キミはこうして喰らった人達から盗み得た知識で外面を飾っていた訳だ。 「強くなりくば喰らえ、とはよく言ったものだね。うん、それは間違いない、だけど丸呑みじゃ駄目さ。 「大切なのはそれをしっかりと噛み砕いて理解することさ! 既に息絶えたキミへ送るボクなりの弔いの言葉だよ」 そんな事を告げた所でセイユの脳内に“終戦乙女達が使つ念話”が響く。内容は速やかに作戦を中止して基地へ戻れ、というもの。 しかし、あれほど被害を出しておきながら作戦続行の命を出していたコットが、今になって撤退命令を出したのは疑問である。 何か裏があるのか、或いは問題が発生したのか。とは言え、所詮上の連中の思惑は訳が分からないのが常識。そうした事に無頓着なセイユは、それ以上の思考はさっさと終わらせる。 命令を無視しても良いが、コットならともかくモルデの不満を買うのはよろしくない。身勝手な振る舞いで自分ばかりか、空戦隊の面々を巻き込むわけにもいかず──何より元隊長のセルリに叱られるのは御免である。 しかし、では帰れと言われてもどうやって帰れば良いものか。エトナの様に壁を強引にぶち壊してみるか、と考えるもそれは美しくない。 最高速度でぶつかれば破壊可能だが、勢い余って大地に激突でもすれば大怪我。だとすれば、ひたすら急上昇して天井をぶち抜くしかない。 無論、先程やったように九罪の箱庭は内部構造が歪んでいる為にそもそも天井があるか不明だが試してみるしかないだろう。 両翼を広げたセイユは体を屈ませ、まるでバネのように勢いよく空へ飛び上がる。星の力を纏いし翼が煌々と燃え上がり、迸る残火は彗星の尾が如く。 ぐんぐんと速度を上げ、空を上へ上へとひたすらに飛ぶ。少しまでは永遠とも言える空中遊泳だったが、セイユは視界の先──即ち青い空の上に白い天井を見た。 更に急加速し、ついにセイユは九罪の箱庭の天井をぶち抜き──彼女の体は青く広がる本当の空の中を華麗に舞い飛ぶ。 「ハハッ──これは気持ちが良い、最高だあ!」全身に自然な風を浴びるセイユは閉塞感からの解放に目を細める。「よぉし、折角だからもう少し飛んでいようかなあ!」 あまりの気持ちよさにセイユは即時帰投の命を“わざと忘れて”暫しの空中遊泳へを楽しむことにしたのであった。 「……無人のようですね」 セイユが過ぎ去った後、数分して虚飾の区画へロメルとあなたは踏み入る。既に岩魚坊主の死体は消え去っており、廃村は異様な静けさに包まれている。 “ロメル、ここ”あなたが指差したのは廃村の中央辺りにできていたクレーター。黒く焦げた中心部から数メートルほどは地面がむき出しになっており、衝突の威力を鮮明に浮かび上がらせている。 「どうやら何者かが戦闘をし、倒したのでしょう」 “先に来ていた終戦乙女の仕業かな”あなたの言葉にロメルは頷く。 「……この先で終戦乙女たちと鉢合わせないことを祈るばかりです。九罪魔との三つ巴となることだけは避けたいですからね」 一抹の不安を抱えながら、あなたとロメルは虚飾の区画を進む。