「世の中には、不条理が多すぎると思わないかい?」 老人は少年に話しかける。少年は首を傾げ、老人をただ見つめている。 「ふじょうり…?」 子供が口に出した言葉を聞いた老人は、少し間を置いて笑い始める。 「ハハハ、すまんすまん、そんな単語知ってる歳じゃあないか。ただ、覚えておくといい……」 老人は空を眺め、何か懐かしむような表情をする。 「ロード・オブ・スマイル……これが我らバーニィ家に伝わる伝承じゃ。」 老人は少年の方を見ずに、空を眺めながらそう言った。 「ろーど、おぶ、すまいる………」 まだまだ幼い少年はその意味を理解していない。そして老人が眺めている空を、少年も眺める。 ____________ 「お爺……今なら理解できるよ。『ロード・オブ・スマイル』。なぜお爺が僕に間違った名前の伝承を伝えたのか。」 そう言って青年、テラ・ヤ=バーニィは崖上から下の風景を眺める。 「お、あれは……?」 下では剣を構えた手負いの女性と、大盾を構えてその女性を護っている男性の冒険者パーティがいた。その近くには魔物がウジャウジャといる。まさに絶体絶命であった。 「…ハッ。今、新たな伝承を僕が作る番って事だよね、お爺?」 そう言うとテラは崖から飛び降り、華麗に着地する。 「うおぉおおおおッ!?」 「んうぅぅぅぅぅ!!?」 着地の衝撃に冒険者パーティが驚き、土埃が舞う。 「稀代の魔道師、バーニィ家最年少当主……『ロード・オブ・ジャスティス』を紡ぐ者……テラ・ヤ=バーニィ!ここに参上ッ!!!」 彼の口上は土埃の中で行われ、それが晴れると同時に名乗りを上げる。そして名乗った直後にポーズを取り、目の前のモンスターを爆発させる。 「さあ、僕の正義道に轢かれて逝く準備はできたか!?」 テラはノリノリのテンションで拳を構える。 しかし、モンスターが近付いてくると、彼はその拳を地面に突き立ててブレイクダンスのような動きを始め、足でモンスターを蹴り飛ばす。 「ホラホラホラホラ!!!どうした、テンポ乱れてないか!?」 次々と襲いかかるモンスターを全てブレイクダンスで弾いて飛ばす。 「…ふふ、すごいね。」 傷だらけの女性はその様子を見て微笑む。隣の男性は呆気にとられている。その様子を見たテラは微笑む。 「笑顔は正義……お爺、あんたはずっとそう言ってたよな。僕もお爺に習って…人を笑顔にしてやらないと。『ロード・オブ・スマイル』改め、『ロード・オブ・ジャスティス』を僕が作り上げてやるんだ。」 その伝承の本来の名はもはや誰も知らない。 バーニィ家はこの代から悪の道へと進む者が完全に途絶えたという。それはひとえに彼が伝える伝承を書き換えたおかげだろう。