ログイン

【九罪魔】オオグライ/暴食の魔物

※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 Nine Sins―Gluttony 【暴食放出】 それは飽くなき食欲。 それは空くなき胃袋。 それは悪なき欲求。 それは山を喰らう。数分にして山が消えた。 それは川を喰らう。数刻にして川が消えた。 それは街を喰らう。一夜にして家が消えた。 それは国を喰らう。一日にして人が消えた。 それは喰い進む。ただ喰い、ただ消費する。 成長など無い。 進化など無い。 相互理解など不能。 それはただ喰う為だけの存在。 ────────────────────── 「本当に不可思議な場所ですね」ロメルは周囲の光景に目を見開きながら言う。「先程までは海岸であったのに、一つ扉を挟むと異なる自然環境が広がっています」  ロメルの発言にあなたも頷いて同意する。もっとも異なる自然環境が一箇所に集中しているというのは、所謂動物園や水族館という例を考えると案外不思議ではないのかもしれない。  だが、それらが人の手によって日夜厳重な管理と制御の下で存在が許されている事を鑑みる必要がある。際限が無いとも思える広大な一つの区画を何の装置も無しに維持している、九罪の箱庭はやはり人間や魔術を超えた力が働いているのだ。  九罪の箱庭──成る程、よく言ったものである。数多の自然──いや、一つの世界、一つの物語を1箇所に内包するここは正しく“箱庭”なのだ。  眼前に飛び込んでくる広大な荒地を前にして、あなたはそう思わざるを得ない。  乾き痩せた細った地面に草は殆ど生えておらず、剥き出しの大地へ痛々しさすら感じてしまう。  青さを忘れた空は業火に焼き払われた跡の様にくすみ、浮かぶ雲は大気中の塵や煤を吸い込んだ如くに淀む。  生物の気配すら感じられぬ、まさに死んだ土地という印象を覚えたのは何もそうした気象と自然の状態を見て思い浮かんだばかりでは無い。  一歩踏み出したあなたは履き物越しに(パキッと)脆く風化したモノを踏んだ感覚がして、ゆっくりと足を上げた先には古ぼけた白くて長い物体が砕けている。  骨、そう骨だ。  動物か魔物か、それとも人間か。  判断はできないが、そのどれかであることは確かであった。  ぐるりと周囲を見渡せば、様々な生物の骨が呆れてしまう程に転がっている。それこそ数を数えるのが馬鹿らしくなる程、無数の骨がそこかしこに散らばっているのだ。   「凄まじい数です……まるでこの辺りに生きていた全ての生命を貪ったとしか思えません」  ロメルはしゃがみ込むと、荒れ果てた大地の砂を一摘みする。「それだけではありません、大地も痩せています」 “生態系そのものを食らったんだろうね”あなたはそう結論づけた。  生態系、自然のサイクル、摂理、完璧なシステム。人ですら無闇に干渉をせず、しかし無理にでも干渉をすれば自らの首を絞める結末を齎す、正に触れてはならぬ禁忌の存在。  だがこの区画の主はそれに触れ、あまつさえそれを喰い荒らし、破壊し尽くした。  暴食──それは飽くなき食欲。  己が身を顧みない食が身を滅ぼす様に、不要な供給過多が齎す破滅をこの区画が再現している。もしこの区画の主が九罪の箱庭から解き放たれでもしたら──世界は数日で食い荒らされるだろう。  考えるだけで身震いする。  まるで大地が揺れたように震えが止まらない。  いや、違う。  この震えは──大地が揺れて、何か巨大な存在がこちらに近づいてくる─── 「───あなた様、お掴まりくださいッ!」  緊迫した声音で叫ぶロメルがあなたを掴むと、彼女は地面を強く蹴りつけて高速で空高く飛翔。  ロメルに抱えられるあなたが眼下を見た次の瞬間──大地がまるで紙の如く引き裂かれる。  区画全体に響く轟音。大量の砂が巻き上げられ、驟雨の如く降り注ぐ。   大地を覆う砂煙。  その奥に巨影が一つ──急接近。  影の主は巨大な芋虫。不気味な黒眸に映るあなたとロメル。  それは単なる餌として我等を見る。  大きく開かれた口に並ぶ無数の牙が光る。空気を食らう勢いで飛び出した芋虫、それはまるで特急列車が通過した様な衝撃。  唐突な足元からの奇襲は回避こそしたが、巨大な芋虫は執念深く襲いかかる。大蛇の如く全身をうねらせ、今度はロメルの頭上から芋虫の大きく開かれた口が迫る。  だが速度と巨体こそ優れる芋虫と言えど、ワルキューレであるロメルの空中機動力も負けてはいない。あなたを抱えながらも彼女は華麗に空を舞い、機敏に攻撃を回避していく。  悪く表現をするなら宙を飛び回り人間を翻弄する羽虫。追い詰めても追い詰めても、紙一重でかわし飛び続ける。    そうした状況と飢餓による苛立ちが芋虫に見られる。数度の攻撃を回避されると、芋虫は大地を蠕動しながら───その大口で地面を削り食べ始める。  瞬間、あなたは察した。  芋虫は空腹を紛らわせる為に地面を食べている訳では無い。いやある程度は空腹を満たす効果もあるのだろうが、その行動の本当の目的は────遠距離攻撃。   “ロメルッ!”あなたの叫びに彼女もすぐにそれを察する。  直後、大量の土を喰らって巨体を破裂寸前の風船が如く膨れ上がった芋虫が大口を開け───不快感のある体液と消化途中の内容物を咀嚼された土と共に吐き出す。  極太のレーザーもかくやの遠距離攻撃。芋虫は吐瀉物を吐き出し続けながら、頭をぐるりと回して薙ぎ払うようにロメルへ攻撃。   「このままでは濡れ鬼の二の舞ですね」ロメルは吐瀉物を回避しながら呟く。「あなた様、ここは私に任せてください。食べても食べても、満たされず姿も変わらない───暴食の罪を背負わされた彼の食欲に終止符を打たねばなりません」     ロメルが見せた想いに、あなたは力強く頷いて応える。しかし、あの巨大な芋虫をどうやって倒すのか。  あなたの疑問をよそに、ロメルは能力を用いて砂を集め始める。自身に宿る力を砂に変換し、ロメルの周囲を大量の砂が舞い始めた。   「残念ながら、貴方のその巨体を苦しめずに倒す程の技量はありません」ロメルは芋虫へ向かってまるで謝る様な口調で言う。「苦しいと思います──呪いたくば私を呪ってください」  刹那、ロメルは集めた砂を一気に芋虫の口内目掛けて放つ。芋虫の口から発射される吐瀉物を押し返し、鉄砲水の勢いで砂が芋虫の口中へ流し込まれていく。   「底なしの食欲──されど、貴方は砂を分解することまでは不可能。この区画に広がる大地がその証左です」  ロメルは砂の量と勢いを更に増していく。  口内へどんどんと押し寄せる砂を芋虫は避けるわけもなく、ひたすらに──いや貪欲にも体内へ流し込む。  だが、その暴食とは反対に芋虫の黒い瞳は何処か曇っている。それが“本当は食べたくないのに、己に宿る暴食がそれを許さない”ことの苦しみに揺れているのだ、と理解する筈だ。 「何と陰惨で醜悪なのでしょう……。食を必要としないワルキューレにとって暴食は理解し難いモノです。しかし食べる事で育つのが生物……それを許されず永遠に赤子のまま食欲に狂わされる苦しみ──それは私も理解できます」  淡々と注げるロメル。しかし、その声音は僅かにだが相手を想う故の悲痛さに震えている。 「もう──これで、終わりにしましょう」  ロメルがそう言い放った次の時、膨れ上がった芋虫はついに限界を超え──その巨体を破裂させた。  砂と共に飛び散る大量の肉片や体液は、まるで土砂降りの如く大地へ降り注ぐ。そして宙を飛ぶあなたとロメルも、当然それに巻き込まれる羽目になる。  しかし既にロメルは砂を球状の防壁として構築している。無数の砂の向こう側で肉片やらが(ドムンと)湿っぽい音を鳴らしながら接触する不快音が続くこと数分。  やがて砂の防壁が解かれる。あなたが眼下を見下ろせば──荒れ果てた大地は今や芋虫の一部で覆い尽くされ、惨憺たる光景が視界を埋め尽くす。 「仕方ないとは言え、褒められた方法ではありませんね……」後悔を滲ませた声でロメルは言う。  そのまま数分間滞空していると、九罪魔の宿命なのか芋虫の残骸が少しずつ塵と化して消えていく。  ある程度の消えた所でロメルはあなたをしっかりと掴んだまま、激闘の痕跡が生々しく残る大地へ降り立つ。地に足をつけた時に、あなたの鼻腔に酷く腐敗した不快な酸っぱさが纏わりつく。  芋虫、と言うよりその体内に残っていた残留物から発生していた臭いだろうか。  喉奥から煮え滾った何かが反射的に込み上げてくるのを耐えつつ、臭いを少しでも防ぐ為にあなたは鼻を覆う。   「臭いが残っていましたか? 配慮が足りずに申し訳ありません」  罪悪感に苛まれそうなロメルをこれ以上心配させる訳にはいかないと、あなたは笑顔で己が大丈夫であると言い張る。  むしろ臭いなど全く気にしていないロメルを称賛すると、彼女は困惑している様子。 「私達終戦乙女は血生臭い存在ですので。戦場の死……ああ、その、慣れておりますので」ロメルは言い淀む。戦場の凄惨さを詳細に言えば、こちらの不快感を高めてしまうと考えたのだろう。  少し前なら割とストーレートに物を言う──言ってしまえば真面目すぎる──彼女だが、今は相手の状態を汲み取れる様になってきている。  そうした成長にあなたは自然と頬を緩ませる。感情を学び、その末に愛を知るのがロメルの目的。それが前進しているのは良いことである。 「食欲……それは命を構成する一つ」ロメルが唐突に言う。「生きたいという証、生をより良く営む為の感情を育むモノ……終戦乙女に三大欲求は縁のないモノですが、それでもしっかりと学ばせて頂きました」  ロメルは僅かに頭を下げた。 「そして自制する事の大切さ。欲に駆られ身を滅ぼす事の恐ろしさ、この先に待つ残る大罪を前に大切な心構えを教えて頂けた事を感謝致します」  しんと静まり返った区画にロメルの声は(スゥッと)溶け込む。感謝であり、そして弔いの言葉でもあるのだろう。  ロメルの姿にあなたも暴食に狂わされた芋虫を想い、静かに目を瞑り顎を下げる。歪んだ物語から解放された彼は──自分たちの知らぬ何処かの物語で正しい道を進んでいる事を願うばかり。 「さあ、次へ行きましょう──あなた様」    ロメルに言われ、あなたは頷き歩き出す。  次に待つのは──虚飾の区画だ。