深い深い森の中 自然を色濃く残すその場所はマナに溢れていて、精霊や妖精達の住む秘境であった 精霊や妖精は自然そのものを体現した存在であり、精霊は具現化された自然が残っている限り不滅であると言える 逆に言えば宿る自然が死に絶えたなら、精霊としての命も終わってしまうのだが そこにひとつの老木があった その地がまだ草原だった頃に芽を出した、その森の最古参だ しかしいかに長命と言えど、死は必ず訪れる その老木に宿る精霊『ベドジシュカ』もやがてくる死を待っていた 「悲しいわ、姉さん」 「お願い、いかないで。今日も明日も一緒に遊ぼうよ……」 別れを惜しむように、他のドライアドや妖精が声をかける 最年長であるベドジシュカは、頼れる姉として、またはその優しく家族思いの性格から、皆に慕われているのだ 「みんな泣かないで。私、最期はみんなが笑った顔が見たいな」 その言葉に、森の家族達は泣きながらも笑顔を浮かべる 自然の摂理として家族や仲間の別れは幾度となく繰り返す。彼らはそれを決して慣れることはなく、毎回このように涙するのだ 「あ、そうだ。お別れ会をしましょう」 「お別れ会……?」 「そう。人間や他の種族には、お別れをする人を送る願いを込めたパーティをするらしいの」 「パーティ!」 パーティという言葉に妖精たちは喜びの声をあげるが、ドライアド達は心配そうに声をかける 「しかし、姉さん。体の方は辛いのでは……?」 「いえ、大丈夫です。じっとしている方が逆に体に障るんじゃないかってくらい元気ですよ」 しかし、と言いかけたドライアドは口を噤む ベドジシュカは妙なところで頑固な一面があることを知っている彼女は、こう言ったら聞かないことになるのを知っている それに最期くらいベドジシュカの意向に沿いたいとも思っていたのだ 「……分かりました。とりあえず宴の準備をしますね」 「分かったわ。じゃあ……」 「姉さんは主役なので大人しくしていてください」 ぴしゃりと言われ、しょんぼりと地面に座るベドジシュカ 妖精や精霊達が宴の準備を遠目に見ながら、少し考える 『本当に元気なんだけどな……』 そんなことを思いながら過去に思いを馳せる 同じように死に近づいた精霊は、どこか痛がったり弱々しい姿であったりと何かしらの分かりやすい兆候があったものだが、今の自分にはそれがない しかし自分が宿る老木は確実に死が近づいていた 『まあ、臨死なんて千差万別ってことなのかな』 そうしているうちに、お別れ会という名の宴が開かれた 森の家族達は、踊り歌い食べ、いつも通りの楽しい夜を過ごした 翌朝 ついに老木が倒れる それに合わせ、ベドジシュカの髪や体に付着していた草や花の飾りが枯れていく 「ああ、ようやく……」 「姉さん!」「木のお姉ちゃん!」 精霊や妖精が心配そうに声をかけるが、ベドジシュカは微笑み返す 「大丈夫。みんなが笑顔でいてくれたおかげで、痛くもないし悲しくもないわ」 しかし訪れる運命を受け入れるように、言葉を紡ぐ 「みんなはこれからも元気でいてね。喧嘩はあまりせず、ずっと仲良く遊ぶのよ」 そうしてベドジシュカは沈黙する 周りの精霊や妖精のすすり泣く声がする ベドジシュカは横たわり、消滅の時を待つ 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「…………?」 「…………?」 時は流れ、老木の殆どが土に還った しかしベドジシュカの肉体は滅びてなかった 周りの精霊やベドジシュカ本人もこれには困惑した。妖精は単純なのでよく分かっていないみたいだったが 「……お、おはよう。みんな」 さすがにいたたまれなくなったベドジシュカが起き上がる その姿に妖精は驚く 「わ、わー!木のお姉ちゃんが復活したー!」 「だ、大丈夫なんですか、姉さん?」 「えぇ……ま、まあ大丈夫よ」 「姉さん、その姿は……」 改めてベドジシュカの体を見る 緑で覆っていた部分は1部を残し殆ど茶色になっていた。一瞬木の幹を想起させたが、よく見ると土のような質感だった 「私にも何がなんだか……」 そんな困惑したドライアド達に妖精達は無邪気に突っ込む 「ねーねー、復活したからパーティやろー!」「復活パーティ!」「違うよ、おかえりなさいパーティだよ!」 ベドジシュカは少し考えたあと、みんなに向かって声をあげる 「そうだね、じゃあ新生ベドジシュカの誕生日パーティをしよう」 そうしていつにも増して賑やかな宴が開かれたのであった これが、世にも珍しい土のドライアドの誕生秘話である