ラプラスの《カウザリティ・チェイン》が進化した最終形態。 全ての因果律を「観測」することで、全知全能の存在となった。 ――万象と因果は、切り離すことのできない関係にある。 起こる事象、すなわち「結果」には、必ず「原因」が存在する。 もしあなたが朝、パンを食べようと思ったのなら、それは全くの気まぐれや偶然ではない。 「昨日、街で焼きたてのパンの匂いを嗅いだから」 「パンのチラシを見たから」 「ここ最近は米食が続いていたから」 ――その選択に至るまでの全てが、過去の出来事に起因した必然なのである。 ある時点における空間内の全ての状態を把握することができたならば、その先に起こる出来事もまた、因果の連鎖として予測することができる。 床に落ちたボールでさえ、初期状態と作用する力が完全に同一であれば、幾度試行を重ねようとも、その挙動は同一となる。 ならば、その全てを観測し、未来に至る因果を把握することができれば―― 未来はもはや「予測」するものではない。 既定事項として、ただ「識る」ことができる。 そして、その因果を自在に改変することができるならば、未来そのものを支配することさえ可能となる。 観測し、掌握し、操作する。 観測こそが、全知全能たらしめる鍵。 それぞれ方法は違えど、万象を支配するその理を理解し、そして実行した者たちは、やがてこう呼ばれるようになった。 「観測者」と。 かつて量子力学によって否定された悪魔は、人間の認知による支配から逃れ、ついに自己を肯定した。 ――尤も、そこに「自己」という枠組みは、もう存在しない。 それすらもまた、とうの昔に観測され、因果の彼方へと捨て去られているのだから。