各地から奪われたお菓子を取り戻すべく、あなたはエラと共にお菓子の魔物を倒す日々を過ごしていた。 拠点としている街へ帰還したあなたの片手には少量のお菓子を詰めた革袋が握られており、街中の子供たちからの視線を独り占めだ。しっかりと口を絞った革袋から甘い匂いは若干漏れているものの、それを鋭敏に嗅ぎ取るのだから子どもとは中々どうして侮れない。 子供たちの達の多様な色彩に煌めく瞳は、まるでカラフルでツヤツヤとしたジェリービーンズ。 お菓子を少しだけ渡したくなる衝動に駆られるも、この街は“お菓子の大魔女の被害”を受けていない。 周囲を見渡すと多少崩れている建物はあれど、街全体の機能は失われていない。子ども達が外で遊んでいる事からも分かるように、この街は様々な魔法による防衛システムに守られている。規模を変えずに徹底した管理が行き届いたこの街は、終戦乙女の苛烈な侵攻すらも“現時点”で跳ね除けているのだ。 一過性のハロウィン効果で力を増やした魔女如きでは、この街へ近づくことすら不可能である。 しかし、そうなると韋編悪党であるエラがどうやって拠点を設けたのかが気になるだろう。 幸いな事に魔法によって幼くなったエラは韋編悪党である事を隠すと、それらしい偽名を用いて街側と交渉。街の方もお菓子の大魔女の存在を危険と認知しており、ハロウィン期間中においてのみ──エラ達に拠点を提供する事を認めたのだ。 なお交渉においては、大嵐の魔人と彼が親睦を深めた数名の魔法使いも関わっているとエラは話している。横のつながりが非常に強い事で顕著な韋編悪党ならではの手段だが、一部は勝手に名前だけを借りた者もいるらしい。 こうした手段の選ばなさもまた、韋編悪党らしいと言える。 拠点にしている空き家にあなたが戻ると、丁度他の協力者達が既に帰還している。見慣れた者から初めて目にする者まで、多種多様な種族が歓談している様子は見ていて気持ち良い。 対立と戦闘の絶えない世界──むしろそうした事を主軸にしている世界故に、一つの問題を解決する為に手を取りあう事の素晴らしさ。 それを嫌う者もいるだろうが、少なくともこの場にいる“あなた”はそれを快く思い──だからこそエラの協力を引き受けたのであろう。 一時の仲間たちから労いの言葉を受けながら、あなたは部屋の奥で作業をしているエラの元へ近づく。 煙草ではなく棒付きキャンディを咥える姿がすっかり馴染んでしまった彼女は、お菓子の重さを睨んでいた視線をこちらへ向ける。 「ご苦労さま」 やはり言葉は刺々しいが、彼女のそれは普段通りの事なので気にはならない。微笑むあなたから革袋を受け取ったエラは、中身を確認するとニヤニヤと笑みを浮かべる。 「よしよし、お菓子集めは順調ね。連中も、そろそろ動き出す筈……とっとと、あのガキンチョを甘い夢から醒ませてやらないとね」 上機嫌なエラは口に含んだキャンディの棒を上下させている。正しく子どもらしい仕草に、くすりと笑ったあなたをエラが睨む。 「なによ?」 いいや、なんでも、と。あなたは返す。 「……ふん、なら良いけど」 エラは革袋からお菓子を出して重さを量り始める。何処となく愉しげな彼女の様子を見て、あなたはふと尋ねる。 「……は? 愉しそうだな、って? ……まあ、愉しいよ。本物じゃない私が、こんな役をさせられるだなんて、思いも寄らなかったからさ」 本物じゃない? 鸚鵡返しをしたあなたに、エラは皮肉と嘲笑と(少しばかりの)悲哀さを混ぜ合わせた、何とも言えない笑みを零す。 「私達【韋編悪党】は偽物なのさ。本来辿るべき結末から逸れた──存在だ。とりわけ、私は本当の灰被りでもないし」 エラは(ガリッと)飴を齧る音を出す。忘れ去りたい過去を思い出させた事に、あなたが少し顔を曇らせると彼女は少女然とした笑みを今度は見せる。 「はっ、悪党なんざに憐れみを思うなよ。もっと、こう……蛇蝎の如き思いを持ってほしいね」 その言葉であなたが益々顔を曇らせたが、エラは言葉を続ける。 「だけど、まあ……悪党にも種類はあるからね。こうして憎めない悪役を演じるのも、あんたらと一緒にいるのも悪くないよ。本当さ」 本当さ──そう本当なのだ、彼女の言葉に嘘はない。普段から歯に衣着せぬ物言いのエラだ、こちらを気遣う事を言う性質ではない。 あなたの顔が少し明るくなると、エラは珍しく照れた様子でそっぽを向く。その様子が本当に子どもじみていて、あなたはくすりと微笑む。 そんな時だ、開けっ放しの窓から(フヨフヨと)酔っ払った様な飛び方の妖精が現れる。妖精から受け取った手紙に目を通していたエラは、美しい灰色の目を丸くすると不敵な笑みを顔に浮かべる。 何かあったのだろうか。気になったあなたが近づくと、エラは片手に摘んだ手紙を(ひらひらと)上下させながら告げる。 「ついに動き出したようだ。死んだ奴まで蘇るとは……ハロウィンは凄いな」 いまいち要領を得ないエラの言葉。だが答える気のない彼女は立ち上がると、他の参加者へ呼びかける。 「もう一仕事だ、行くぞ」 深い暗闇に覆われた森。静けさ漂う空気の中で、陽気な小走りの音と何とも愉快そうな大声が響いていた。 「ウニャハハハハハ!! 急ぐニャ急ぐニャ猛ダッシュだニャ!!」 「ハハハッ! 良い重さだ! 我が肉体も喜んでおる──む?」 甘い匂いを漏らす大きな木箱を抱えた二名の前に、エラ達が立ちはだかる。 「やれやれ、変態猫野郎がいるのは予想できたけど……まさか死んだ筈の蛮勇の爺様までいるとはね……」エラは呆れた様子だ。 「ウニャ!? その刺々しい物言い!」 「灰被嬢か! 幼い貴殿もめんこいではないか!」 頭部がジャック・オー・ランタンの猫こと《踊る南瓜猫》と、そして筋肉隆々の蕪の魔人《アレキサンダー》。やたらと陽気な様子(恐らくハロウィンの影響で浮かれているのか)の両名だったが、エラ達の雰囲気を感じ取るや否や僅かに緊張感を高まらせた。 「ニャハーン、ニャルほどニャア……最近ニャたらとお菓子の魔物が消滅してるのは、おめゃあ達の仕業ニャア?」 「お察し早くて助かるわ。ハロウィンだか何だか知らないけど、あのお菓子な魔女の居場所を吐きなさいな」灰傘を回しながらエラは言う。 尤も、そう簡単に彼らが教えるとは誰も思っていない。 「悪いがそれは無理だニャ! お菓子を集めてハッピー山盛り、世界を甘く包む企み。全て全ては幸せの為だニャ!」 「はぁ……穏便に済ませるつもりだったけど、これはもう肉体言語で分からせてやるしかないわね」 「肉体!? ガハハハッ!! 良いぞ良いぞ、この地獄の底より戻りしアレキサンダーの技を見せる機会が訪れたのだな!」 先程まで状況を理解していないアレキサンダーは、急にスイッチが入ったかのように己の肉体を見せびらす。 「相変わらずね蛮勇の爺様も」 めんどくさい表情を浮かべるエラは灰傘にもたれかかると、キャンディを噛み砕きながらあなた達へ告げる。「さて、やるわよ? あいつらの運んでいるお菓子を取り返して、大魔女をその気にさせないとね」 身構えるあなた達を前に──踊る南瓜猫とアレキサンダーもまたマッシブなポーズを返す。 「さあ、やるぞ南瓜猫! そして見せつけようぞ、我らのコンビ!」 「ウニャハハハハハ! 我輩の肉体が踊りだけでない事を教えやるニャ! 甘い踊りで、おみゃあ達に辛い体験をさせてやるニャ!!」