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“塵蟻” 慈極谷 秘翠

イメージ曲『ひゅ〜どろどろ』 ある雨の日、寺の前に1人の子供が捨てられていた。 その子は臍の緒すら切られておらず、門の前に置かれた小さな箱の中、『お願いします』と書かれた紙とともに、泣いていた。 哀れに思った和尚はその子を拾い上げ、緋色の瞳から“緋翠”と名ずけた。 彼は“禍衣”と呼ばれる、特殊な体質だった。 先天性のその“疾患”は、あまりの筋肉故に、皮膚にまるで“渦”のような凹凸が現れるという。 その筋肉は尋常ならざる怪力を発揮し、その力は常人の1000倍近くにもなると言われている。 しかし怪力故にその肉体は耐えきれず、“禍衣”の子供は10になる前に必ず死んでしまう。 そのような業を背負いながらも、緋翠はすくすくと成長していった。 やがて年月がすぎ、緋翠は6歳となる。 その夏、寺が火に包まれた。 水を汲みに行っていた緋翠は難を逃れたが、和尚は全身を焼かれ酷い火傷を負った。 3日3晩苦しんだ後、和尚は死に際に語った。 「私は昔、人を殺したことがある」と。 和尚はかつて旅の医師だった。 しかしこの村を訪れた際、とある奇病にであう。 それは虫を媒介とする病で、放置しておけば水を汚染し、国をも飲み込む流行病だった。 病に犯された人は肉は痩せこけ、皮膚には無数の穴が開き、全身を虫が這いずり回るような痛みが一日中続く。 村人はこれを“天罰”と恐れ、絶望していた。 治そうにも時間も薬も足りず、できることといえば毒草を使った“安楽死”ぐらい。 和尚は、患者を“安楽死”させていった。 彼らがこれ以上、苦しまぬように。 これが彼らにとっての“救い”となるように。 残された者たちは、行き場のない怒りを和尚1人へと向けた。 和尚は自責の念に駆られ、罪を償うつもりで仏門へと下る。 「これは“報い”なのだ」 「私が犯した“罪”の結果だ」 「だから緋翠、どうか」 「どうか、人を憎まないでくれ」 「恨みを恨みで還せば、それは輪廻のようにまた廻る」 「永遠に終わらない、憎しみの連鎖となる」 「それを終わらせるのは、深い慈悲による“赦し”だけだ」 「お前は、優しい子だ」 「だからどうか、人を赦してやってくれ」 そう告げ、和尚は死んだ。 しばらくして、火を付けた者が捕まった。 それは、近隣に住んでいた幼い子供たち。 緋翠も何度も遊んだことのある者達だった。 「あの寺は、怪蟲《むし》の巣だ」 親の言葉を信じた子供が、“化け物退治”と寺に火をつけたのだ。 その親はかつて、家族を和尚に安楽死させられた者だった。 和尚の言葉を胸に、緋翠は何も言わずに旅に出た。 和尚の教えを守り、悪しきを砕き人を救い続けた。 しかし帰ってくるのは、恐れと罵詈雑言。 “禍衣”の忌み子に、居場所はなかった。 年月は立ち、8つの時。 ある孤児院に、緋翠は辿り着く。 そこは、ゆく宛もない訳ありの孤児達が暮らす小さな教会。子供達の最後の砦と呼ばれる場所だった。 その時には既に緋翠の身体は限界に近く、臓は潰れ血管は千切れかかっていた。 院長は緋翠に対し、休むことなく治癒魔術をかけ続けた。 1週間が経ち、何とか一命を取り留めた緋翠は、院長へと問う。 私は“禍衣”だ。 助ければ貴方たちも、差別されてしまうかもしれない。 なのに何故、私を助けた? 「誰かを助けるのに、理由はいらない」 そう笑う姿は、あの日の和尚と重なって見えた。 慈悲深く、そして優しい。 懐かしく触れたその“慈悲”に、緋翠は久方ぶりの涙を流した。 孤児院での日々の中で、緋翠は院長から治癒魔術を教わることとなる。 肉体が崩れるのなら、崩れる前に直せばいい。 単純だが、同時に最も苦しい解決策。 いくら傷を治そうとも、次の日にはまた血が溢れる。 まるで穴の空いた水袋に、必死に水を組み入れるような苦行。 傷を癒しても痛みは消えず、常に全身を引き裂くような苦痛が走る。 普通なら自死を選ぶその苦痛の中、緋翠は生きることを選んだ。 いつか彼らから受けた“慈悲”を、皆に返せるように。 しかし、地獄はまだ終わらなかった。 緋翠が去ってからすぐ、村にはあの疫病が広がった。 肉を削ぎ穴を開ける、あの奇病である。 実は病は、完全に根絶していなかった。 和尚が媒介となっている虫を毒草で殺していたため、表面上は見えなくなっていただけ。 和尚が死んだ事で、病が再び流行り始めたのだ。 事態を聞きつけた国の軍隊達は、村を完全に隔離。 虫が繁殖しないよう川の上流を堰き止め、村全体に大量の殺虫剤を撒いた。 村の中にいる人間など、気にもとめず。 助けを求める村人達を、軍隊は容赦なく殺した。 1人残らず、徹底的に。 まるで、害虫《むし》を殺すかのように。 しかし1人だけ、村から逃げ延びていた者がいた。 それこそが“緋翠”である。 事態の発覚を恐れた国は、緋翠に「川に毒を撒いた、国逆の犯罪者」という汚名を被せ、近隣諸国に指名手配をかける。 そして11の時、国軍が孤児院へと襲来。 国軍は彼に言った。 「もしお前が大人しく捕まるのなら、孤児院の者たちは見逃そう」と。 彼はそれを受け入れた。 受け入れざるを得なかった。 別れ際、院長は彼に言う。 「貴方が過去に何をしたのか、私は知らない」 「でも貴方は、誰かのために自分を犠牲にできる人」 「貴方は人を、“愛”する事ができる人」 「そんな優しい人を、神が見捨てるはずかありません」 「神様は人に、越えられる試練しか与えないのです」 「緋翠、貴方はとっても強い子」 「だから、どうか、希望を捨てないで」 院長はそう言いながら、鉄扉の奥へと消えた。 しばらくして、緋翠は火刑に処される。 その火は強く、3日間燃え続けたという。 焼け爛れる肉、炭化する肌、泡立つ脂。 その中で、緋翠は必死に治癒魔術で治し続けた。 ただ、希望を捨てなかった。 やがて火が消えた頃、残ったのは黒焦げた肉塊のみ。 国の軍隊はそれを死んだと判断し、川へと捨てた。 緋翠は、それでも生きていた。 生き延びた彼は、身分を捨てて生きた。 皮肉にも火刑で焼けた顔は、別人を名乗るには最適だった。 そうして3年ほどが過ぎた頃、知った。 あの孤児院が、国軍によって摘発されたと。 理由は、犯罪者を匿っていたから。 国軍は、緋翠との約束を反故にしたのだ。 孤児院は解体。 院長と子供達は、奴隷としてある貴族達に買われる。 彼等は自身らを神の末裔と驕り、悪辣百般の蛮行に笑う愚者共。 彼等は、異教の神を信じる彼女らを、快くは思わなかった。 彼等は院長を牢へと繋ぎ、自分らに傅くことを求めた。 だが彼女は決して屈しなかった。 飯を抜き、水を与えず、死ぬ寸前まで痛めつけてなお。 その目は希望を捨てていなかった。 それが不味かった。 いつまでも頭を垂れぬ不遜に腹を立てた貴族は、彼女の目の前で孤児達を殺した。 一人一人、丁寧に。 まるで、子供が蟻《むし》を潰すかのように。 その光景を前に、ついに彼女は希望を失う。 折れたおもちゃに興味はないと、飽きた彼等は彼女をゴミ山へと捨てた。 その亡骸に、十字架はなかった。 仏は言った 『殺生は悪だ』と ならば人を苦しみから逃すため、毒を飲ませた和尚は悪か? 神は言った 『信じぬ者は悪だ』と ならば子供達を目の前で殺され、十字架を捨ててしまった院長は悪か? ふざけるな 何が仏だ 何が神だ お前ら如きに、彼等の何が分かろうものか お前ら如きに、何を決める謂れがあろうか お前らが赦さぬというのなら、お前らが愛さぬというのなら 私が赦すそう この世界の全てを 私が愛そう この世界の全てを 私が壊そう この世界の全てを