ログイン

【第二十三話】最深部

[1/7] 被験体名:シラン 性別:女性 『叡智の家』で暮らしていた孤児の少女。 未覚醒だが魔女としての力を宿す。 アドニスが集めた孤児たちの中でも、特に高い潜在能力を秘めた個体。 私自身、特別に探知能力に秀でているわけではない。 それでも、これまでに観察してきたどの個体よりも膨大な力を有していることは理解できる。 現時点では力の規模を正確に測定することは難しい。 或いは、かの魔女王ネメシアにすら匹敵する可能性がある。 ゆえに、当該個体は『叡智の家』の被験体、及び被験体候補達の中でも特に重要度の高い個体として位置付ける。 [2/7] 幾つか候補を考えたが、やはりこの個体には『進化の核』を使うことにした。 進化の核は、かつて一人の魔女を上位存在『超越者』の高みへ導いたと伝えられる特異な魔力『混』を結晶化したものだ。 混の完全適応は古の魔女『紡ぎ手』達が長年追い求めてきた悲願でもある。 だが結局、魔女王ですら混を完全に使いこなすことは出来なかった。 ゆえに、この個体が核に適応する可能性は極めて低い。 適応できなければ、恐らく命を落とすことになるだろう。 それでも、これ程の力を秘める魔女がどのような反応を示すのか興味がある。 生体情報の採取後、施術を開始する。 施術には万全の準備が必要になる。 [3/7] 施術者にはアドニスを使う事にした。 活性状態の核は極めて不安定であり、扱いには危険が伴う。 施術中は核を抑制する為、特殊な術式を展開する必要がある。 この術式を扱えるのは私しかおらず、施術中は術式の維持に集中しなければならない。 ゆえに、私自身が施術を行うわけにはいかない。 施術者には魔術と医学、双方の知識と技術が求められる。  アドニスの場合、前者に関しては問題ない。 後者に関しては、模倣人格を移植する際に必要なものをあらかじめ付与しておいた。 もっとも、技術を肉体に定着させるには施術前に複数回の試運転が必要になるはずだ。 だが、彼なら問題ないだろう。 [4/7] 進化の核の移植を完了。 不完全ではあるが、被験体は核への適応を果たした。 想定を遥かに上回る、驚くべき結果だ。 かつて創造主から教わった『超越者』の領域にまでは恐らく届かないだろう。 だが確実に存在の格を高めていることを感じ取れる。 解析結果を精査して核を改良できれば、今後は安定して適応者を生み出せるようになるかもしれない。 だが一つ問題がある。 適応は果たしたが、制御ができていない。 被験体の技能の欠如ゆえか。 それとも、別の問題があるのか。 原因を特定できれば、今後の研究の大きな足掛かりとなるはずだ。 当面の間は、原因の究明と制御法の確立を最優先事項とする。 [5/7] ユナという少女が地下施設に迷い込んだ。 解析に気を取られて、警戒が疎かになっていたようだ。 幸い、騒ぎになる前に捕らえる事ができた。 どうやら、問題の孤児は被験体の親友であるようだ。 ならば、むしろ好都合かもしれない。   核を制御出来ない原因が、精神的な負荷にある可能性も否定できない。 ならば、親しい者の存在が被験体の精神を安定させ、核の制御を補助する役割を担えるかもしれない。 そう考え、ユナを被験体と対面させてみた。 一時は安定したように見えた。 だが結局暴走してしまった。 遺体は回収できなかった。 [6/7] ユナの死後、被験体は一応の安定を見せた。 もっとも、制御に成功したという意味ではない。 眠ったまま、目覚めなくなってしまったのだ。 被験体の身体は現在、黒い霧に包まれている。 霧を解析した結果、強い精神汚染の力を有していることが判明した。 このまま霧が広がり続けるか、或いは以前より更に激しい暴走を引き起こせば、地下施設どころか家そのものが壊滅しかねない。 危険性を考慮し、被験体を最奥の地下牢に隔離した上で封印措置を施した。 今後の解析には、これまで以上に細心の注意が必要になるだろう。 [7/7] 火災から一月が経過した。 『シラン』の行方はまだ掴めない。 あれほどの怪物が野放しになっているにもかかわらず、周辺地域への目立った被害も確認できない。 あの『暗闇』は内部に居るモノを外界から完全に遮断する性質を持つ。 手掛かりもなしに捕捉することは不可能に近い。 …いや。 それ以前に、あれを楽園まで移送する方法などあるのだろうか? 幸い、生体情報を保管していた部屋は破壊を免れていた。 必要なら同じものを造り直す事も不可能ではないはずだ。 捨て置くには惜しい。だがそろそろ潮時だろう。 次の研究に移らなければ。          ───スペア・アルファの研究日誌