「――付いてくんな!!」 ドンッと鈍い音と共に、ドサッと何かが地面に倒れ込む音が響いた。 「い、いたいっ……エメルお兄様……どうして……」 「お前が寄ってくるからだよ!!」 涙目になっている珊瑚色の髪色の少女と、激昂している緑色の髪色の少年が、そこにいた。少女は突き飛ばされ、力なく地面から上半身だけを起こしていた。膝を擦りむいたのか、手で膝を抑えている。 「わ、わたし、お兄様と仲良くしたくて、その……」 「どの口が……っ!!お母様を殺した癖に……!!」 「――っ!」 その言葉に、幼い少女――ルビィ・コーラルハートは動きを止める。ぱくぱくと必死に口を動かすが、否定の言葉が出てこない。 「いいか、俺はお前を一生許さない。お父様もお前だけを大事にして、俺たちには厳しく当たってきやがる……!!お前のせいで、お前が産まれたせいで、俺たちは父親と母親を同時に喪ったんだ!!!」 少年の母親は妹のルビィを産んで、そのまま亡くなった。彼はそれを妹のルビィが産まれたせいで、愛する母を喪ったのだと解釈した。それに、母親の忘れ形見である彼女は父親である国王から寵愛を受けていた。他の兄弟には後継者育成として厳しかったが、ルビィだけは蝶よ花よと育てられていた。それが、少年が歪む結果となった。彼にとっては、ルビィはもはや血の繋がった実の妹ではなく、母を殺し、父親の愛を奪った仇敵でしかなかった。 「わたし、わたしが産まれたから……?」 「そうだ、俺たちが不幸なのはすべてお前が、お前がすべて悪いんだ!」 「っ……!!」 目を見開いているルビィの頬へ、銀色の筋が垂れ落ちた。そのままボロボロと涙を流す彼女に、兄エメロルドは軽蔑の視線を送っていた。 「何泣いてんだよ……っ!!泣きたいのはこっちだってんだよ!!!」 精神を逆撫でしてくる無能な妹への怒りが限界を越える。少年の怒りの矛先は、目の前で涙を流すか弱き少女へとすべて向いていた。 「……来年、13歳になったら俺はこの城を出て、兄上に付いて回って宝石騎士となる修行を始める。父上を越える力と、宝石騎士としての権力を得た暁には、お前をこの国から追放してやる。覚えておけ、俺たちはお前を必ず絶望させてやる!」 そう言い放つと、エメロルドは踵を返し、彼の自室へと去っていった。その場に残されたルビィは、ただ静かに泣くことしかできなかった。彼女の足元には、兄に渡すはずだったクッキーが、粉々になって散らばっていた。 これが、宝石騎士エメロルド・コーラルハートがルビィを憎む理由である。