ログイン

【shooting star】神楽木隼人

合衆国亡命許可証 以下の者が合衆国に亡命することを許可する 氏名 神楽木隼人 性別 男性 年齢 5歳 父 神楽木十蔵 母 神楽木晶子 合衆国国土安全保障省移民局印 許可者に犯罪歴がなく、合衆国において市民的な生活を行うことを保証する FBI印 発効日 2144.6.7 ――――――――――――――――――――――――― 勤務評価 作成責任者:トーマス・アレクサンダー・ パウエル大尉 作成者:バーナード・フィシュジェラルド・ルーズベルト先任少尉 提出先:ジョージ・マイヤーズ中尉 評価対象者:神楽木隼人少尉 神楽木少尉は2162年、合衆国海兵隊第3歩兵師団第12機動偵察大隊第2中隊A小隊に配属され、本年2163年で配属1年を迎えた。本勤務評価では、2162年から2163年までの神楽木隼人少尉の勤務態度を評価対象とする。詳細な情報については別途資料を参照されたい。 結論として神楽木少尉の能力及び人格は高いものといえる。まず、彼は亡命者であり、母国を敵に回す可能性を理解しながらも合衆国への忠誠心は非常に高い。彼の亡命理由を加味しても特筆すべき特徴だろう。軍務でも優秀な働きを示し、その誠実な人柄から分隊に限らず小隊全員から信頼と尊敬を得ている。理数系の知識だけでなく、文学や芸術の教養も身につけており、これらの応用によって小隊の任務達成に大きく貢献している。軍事訓練は全体的に優秀な成績を収めているが、特に射撃訓練は際立つ成績を残している。私は狙撃手としての資質があると評価している。実践的な訓練でもその能力の高さと勇気を示している。演習では少人数を率いて敵戦線深くに浸透する威力偵察を行い、大きな戦果を挙げた。 神楽木少尉は未来の合衆国軍、ひいては合衆国自体を支える存在になると私は確信している。 ――――――――――――――――――――――――― ―ある特殊部隊兵士の日記 2167年6月8日 彼がいなければ果たしてどうなっていたやら。今日までの任務は本当にやばかった。ハヤトも死にかけたというのだから。 昨日から俺達はマンハッタンもかくやというほどの所に忍び込んで、そこから魔女の鍋のレシピを盗んできた。帝国だと行きは良いよい、帰りは怖いなんていう歌があるらしい。今日はまさにそれだったよ。やることやってさぁ帰ろうと振り向いたら、シェパードがそこに立ってたわけさ。あの時ほど肝を潰したことはないね。とにかく、撃ち続けたんだが当たらないのなんの。ハヤトが壁を壊してくれなかったらあそこに墓標を建てるとこだったよ。とにかく、脱出してやっと撤退しようとしたらまだ追いかけてくるんだよ。犬だと思ったがどうやらスッポンだったらしい。囲まれたり、逃げたりを繰り返して這々の体で帰ってきたのさ。内務省の特殊部隊は皆、奴らみたいな感じなのかね。 帰投後、誰も心配しちゃいないが、形式として隊長がハヤトに母国と戦うことへの葛藤を聞いてた。「父を殺し、戦争に傾く国と国民に愛情はない」。予想通りの解答だったね。ただ、帝国の現状に失望してっていうなら認めたくないが祖国も似た状況になりつつある。最近じゃNAUTILUSやらヨーロッパ社会・政治機構とかの新しい世界を模索する組織も出てきているし、彼が合衆国への忠誠を翻さないかが心配になる時もある。最近、NAUTILUSへの派遣の話も出ている。少し気にかけておこう。 ――――――――――――――――――――――――― ―神楽木隼人の手記 私が南大陸に来て、半年が経つ。NAUTILUSの兵士は中々優秀で、彼等の成長には目を見張るものがある。しかし、それ以上に私の興味を引いてやまないのは彼等の信念である。ネモ脱退後のNAUTILUSは合衆国の外郭団体の様相を呈してきているが、個々人はそうではない。私が会った兵士たちは既存の近代国民国家とその社会を変えようとする熱意に溢れていた。近代への疑念を抱えながらも、それが作り出した「鉄の檻」から逃れられないことに悲観していた私にとって彼らは眩しかった。帝国から逃れ、合衆国に忠誠を誓って十数年。帝国は、幼心に狂った戦争気分が蔓延していた。そのうねりは牙となって父を引き裂いた。その牙は今では東大陸の人間の血で塗れている。若い私はそのような国家と国民に失望し、合衆国の一員としてそれを食い止めようと決意し軍に志願した。しかし、合衆国も同じ道を進もうとしている。(中略) 私は祖国から、いな「鉄の檻」から逃れ、新しい世界の体系を作り出すための存在がNAUTILUSだろう。彼らと共に戦うことは世界の可能性を広げる戦いだと私は確信しつつある。 (2170年、3・20事件後に筆者の部屋から発見された) ――――――――――――――――――――――――― 3・20事件報告書3号 報告責任者:サラ・ノーランド中将 報告者:パトリック=ジョンソン=ヘンドリクス中佐 提出先:ジェームズ・アル・カーター・ジュニア大将 報告対象者:神楽木隼人 略歴 ・2144年  帝国6月政変により、家族とともに合衆国へ亡命 ・2146年  父親を暗殺により亡くす ・2157年  合衆国海軍兵学校に入校 ・2162年  卒業後、少尉に任官。合衆国海兵隊第3歩兵師団第12機動偵察大隊第2中隊A小隊に配属。 ・2164年  中尉に任官 合衆国海兵隊第3歩兵師団第12機動偵察大隊本部中隊に配属 2165年  アメリカ海兵隊武装偵察部隊入隊訓練参加      ・2167年  訓練課程修了後、アメリカ海兵隊武装偵察部隊第3武装偵察大隊に配属。 ・2169年  大尉に任官 アメリカ海兵隊武装偵察部隊第3武装偵察大隊B中隊中隊長に着任 ・2170年   南大陸13号前線基地から脱走 NAUTILUSへの離反を確認 軍籍抹消  FBI及びCIAのブラックリストに追加 ▽神楽木隼人のセキュリティ・クリアランス ・機密情報にアクセス可能 ・第3統合軍に関する情報を持ち出した可能性あり ▽周辺調査 ・CIA、MIS、CIDによる身辺調査及び定期調査では離反の予兆を確認できず ・精神診断の受診経験がなく、内面についての情報が得られず ・家族や同僚への聞き取りでは国家への疑念を募らせていたことが示唆される ――――――――――――――――――――――――― 窓から差し込む陽射しが強まっている。あの時間が近づいている。そう思うと少々落ち着かない。訓示の原稿をもう一度読み直してから、胸から取り出した煙草を燻らせる。 ドアが鳴り、どうぞと告げる。 「大佐殿、頼まれていたものが終わりました」 入ってきたのは若い中尉。彼には私のライフワークとして始めた仕事の手伝いを頼んでいた。 「あぁ、ご苦労。どれぐらい集まったかね」 この仕事の最初の関門は膨大かつ不透明な資料をどれだけ得られるかだ。 「ざっと200くらいでしょうか。ただ、NAUTILUS所属以降はめっきり少なくなりますね。やはり、NAUTILUSの中核的な極秘作戦の多くに関わっていた人でしたから」 書類を机の上に置きながら中尉は答えた。 「NAUTILUSの文書はどれくらいあったかね」 「ほとんどありません。2つほどだったかと。それも作戦報告書しか」 予想はしていたが、厳しい結果に煙を眺めるしかない。 「そうか」 仕方ないだろう。彼等の文書のほとんどは公開されておらず、あと500年は待たないといけないという噂がそのまま公式発表だと信じられるほどだ。いわんや、NAUTILUSの戦略機のパイロット、神楽木隼人である。合衆国の裏切り者として有名なために、合衆国発の資料が多いことが救いだろうか。 「報告ありがとう。本来の職務でないのにやってもらって申し訳なかったね。お礼といっては何だが、帝国にいる親戚から貰った帝国銘菓とお茶をどうかな」 饅頭というお菓子と緑茶を棚から出す。棚に反射した光の眩しさが昼を教える。そろそろ始まるだろうか。 「ありがとうございます、大佐殿。ただ、私は歴史科出身なのもあってこういう作業は結構、性に合っているんです。それ以外にも、ここしばらく暇をしていたからというのもありますが」 確かに彼の顔には疲れよりも笑顔がよく見える。実際、北部戦域が落ち着いてから司令部はだいぶ静かになった。報告書も食堂のメニューを増やしてほしいとか、観葉植物を変えたいとかで平和そのものだ。自分が彼と同じ時分は夢の話だった。若いころにこんな時間があればもっと早く取り組めたのだが。 ふと、時計に目をやると正午を指していた。 「そろそろだな」 「あぁ、そうですね」 中尉がテレビを付けると、「楽園都市」ATLANTISの平和記念館の入り口で話すアナウンサーが映る。 「皆様、こんにちは。本日、5/21は記念すべき日となるでしょう。NAUTILUSと世界連邦の和平。500年間、世界中の人々が待ち望んできました。第四次世界大戦の実質的な終結からも様々な障壁があり、和平の実現は不可能だと思われた時代もありました。30年前、和平へのロードマップが合意されても両者の溝は深いままでした。それでも、国を、民族を、文化を超えて私達は平和を希求し続け、その努力が今日結実することになったのです」  500年。一体どれだけの命の生き死にが繰り返されたのだろう。どれだけの人が理想に血を流したのだろう。どれだけ、近づこうとも近づけない。そういう次元に自分たちは立っている。 「ひいじいさんより前の呼び名すら分からない先祖たちの歴史の区切りか」 中尉は同意するように頷く。 「私にとってはもはや伝説のようです。父や祖父は世界大戦よりも惑星内戦のことを話したがりますから」 「私のひいじいさんもNAUTILUS戦争は語りたがらなかったな」 戦争経験者、特に軍人は戦争を語りがらないとはいうがひいじいさんはそれに輪をかけて頑な態度だった。NAUTILUS脱退以降はぽつりぽつりと語るゆえに、子どもながらタブーだとすぐに理解した。 今思うと、ほとんど語らなかったのはNAUTILUSで汚れ仕事をしたからではなく、彼自身が答えを出せなかったからかもしれない。初めて話してくれたのは自分が軍に入る際に、理想と軍人としての現実の差を説かれた時だった。私はNAUTILUSで追い求めたがゆえに去るしかなかったと。 「大佐殿が一族の歴史をまとめようとしているのもそれが理由でしたね」 「あぁ。私の一族は特異な歴史を辿っているからね。今では、私は連邦軍のデスクに座っているがひいじいさんまではNAUTILUSで剣林弾雨の中を駆け、神楽木隼人より前は帝国軍の重鎮だったんだ。だけど、私はメディアを通じてでしかNAUTILUS時代を知らない。それで、出世も戦いも一段落ついたこの時期、この時代に一族の歴史をまとめようと思いたったわけだ」 最初は有人の軍医から仕事以外のライフワークはあったほうがいいと忠告されたからだった。戦争を経験した軍人は戦後、燃え尽きて抜け殻になるか実存を戦場に見出すかのどちらかだ。若い頃は戦争もまだ激しく、それを考える暇はなかった。平和を迎えつつある今ならば、生のエネルギーを充足し、人間的感覚を養うのにちょうど良いタイミングだろう。そのためには学問と文芸が必要だ。そう思い、丁度いいジャンルとして自伝を選んだ。有名であるのに誰も知らないか語ろうとしない自分たち一族はその題材にぴったりだった。伝手や部下を使って方方をあたり、ある程度の成果は出せてきた。 「それでも、NAUTILUS自体の文書は全くと言っていいほどないのだが」 苦笑すると、中尉も笑う。 「彼らは未だ秘密主義的な性格が強く、200年前の資料すら開示を拒んでいます。批判される資料を公開しているだけ、1000年も前の資料の開示を拒む帝国政府よりかはいくらかマシですが。今回の調査でも2番目に少ないですよ」 全く、重要な2つのアクターがこれでは。一体いつ終わるのやら。 「ハッハッハ。ま、ま、下手につついて彼等の怒りを買っては敵わん。我々の胃袋は彼等が握っているからね」 帝国という補給拠点がないと東大陸総軍は立ち行かなくなるので、あながち冗談でもない。中尉と笑っていると、ドアが鳴った。 「大佐殿、訓示のお時間が近づいてまいりました。準備の方をお願いいたします」 秘書がそう私に告げて、出ていった。そうか。もうそんな時間か。時計を見るとあと2時間ほどだ。 「すまないね。また今度話をしよう。行きつけのレストランがあるから、そこでもいいかい」 「はい、大佐殿。是非お願いいたします」 「では、またよろしく頼むよ」 「はっ。失礼いたします」 中尉がドアを閉めるのを見届けてから、机の書類と向き合う。一番上にはNAUTILUSへの憧れを記した手記の写しがある。 「NAUTILUSの理念か。今を見て、彼等はユートピアだと言うのだろうか。それを求めて戦争が始まって500年、我々は未だに近代を完全には超越できず、戦争の火種は燻っている。当時、言われていたようにATLANTISは未来への光となるのだろうか。世界連邦は平和の芽となりうるのだろうか」 中尉は伝説だと言った、あの戦争。不明瞭な歴史は容易に神話化する。そして、それは近代国民国家が犯してきた過ちを繰り返すことでもある。大衆、世界観戦争、差別、二元論。自分たち一族はその中心にありながら、周縁に置かれざるを得ない。 「将来にも語り継ぐためにもこの仕事はやり遂げなければな」 史料がより一段と強くなった陽光に照らされた。