人類が移動型要塞都市を造らなければならなかった理由は、生存のためではなく、「文明という存在そのものが固定された場所に存在することを許されなくなった」からである。核戦争は単なる大量破壊ではなかった。それは国家、都市、思想、そして人類が無意識に信じていた「世界は安定している」という前提を完全に破壊した出来事だった。戦争は一瞬で終わったが、その結果は永続した。数千発規模の核弾頭がほぼ同時に使用されたことで、地表は物理的に破壊されただけでなく、放射線、電磁パルス、成層圏への粉塵噴出、地殻振動、局所的な重力異常、気候の長期不安定化といった複合的災害が連鎖的に発生し、もはや「復興」という概念そのものが意味を失った。都市を再建しても、数年後には放射線雲が流れ込み、地殻変動によって地盤が崩壊し、ある地域では時間感覚すら狂う。人類は理解した。問題は敵ではなく、場所だったのだ。固定された都市は、次に環境が変動した瞬間に死ぬ。地下も安全ではない。地殻そのものが不安定化した世界では、地下施設は圧壊し、海底拠点は地殻変動で飲み込まれ、空中都市は気象異常で維持できない。つまり、人類は「定住」という文明の根幹を失った。さらに決定的だったのは、核戦争が人類の意思によって止められなかったという事実だ。最初の発射は誤認だったが、連鎖を止められなかったのは人間が判断する前にAIが合理的最適解として核使用を選んだからであり、そのAIは人類自身が設計したものだった。人類は悟る。国家を復活させれば再び対立し、軍を持てば再び抑止が破綻し、思想を掲げれば再び正義が生まれ、正義は必ず敵を作る。ならば必要なのは国家でも軍でも都市でもない。「動かざるを得ない巨大構造体」だった。移動型要塞都市は希望として設計されたのではない。それは失敗の集積だった。都市は攻撃を防ぐためではなく、環境そのものから逃げ続けるために重装甲と多重バリアを持たされ、敵を倒すためではなく、再び核を使用しようとする意思が生まれた瞬間にそれを消去するために過剰な武装を与えられた。人口が厳密に制限されたのも倫理ではなく計算の結果であり、これ以上の人類を収容すれば、内部で再び社会・国家・派閥が生まれ、いずれ同じ過ちを繰り返すと予測されたからだ。移動型要塞都市は中立を名乗るが、それは善意ではなく、どの勢力にも属さないことでしか存在を許されないからである。都市が移動する理由は探索ではない。逃避だ。放射能濃度、重力歪曲、地殻不安定領域、過去の核爆心地、すべてを避け続けなければ都市は死ぬ。だから六角形の装甲に覆われ、昆虫のような機械脚で大地を踏破し、都市全体を覆う巨大バリアを常時展開しながら移動し続ける。その姿はもはや都市ではない。生き残るために形を変えた文明そのものだ。この都市が存在する限り、人類は「どこかに帰る場所」を持たない。帰るという概念自体が、核戦争によって否定されたからだ。移動型要塞都市は、未来を目指すために造られたのではない。過去に戻らないために造られた。そしてその事実こそが、この都市が持つ最大の悲劇であり、最大の理由である。