超常の蔓延により、混沌入り交じる社会。 ”異能”の影響はやがて世界の壁に波紋を立てる。 揺れる旋律に荒む”雑音”。 歪む次元に落とされたのは《うら若き紅玉》。 「えっと、ここは...?」 見上げ、眼に映るのは異地。 天高く聳え立ち並ぶ、無機質の群れ。 「ここはどこでしょう...?」 大河の如く流れ過ぎていく群衆、 喝采の如く踏み鳴らされる跫音。 静かな喧噪は刻々と秒針を刻む。 絶え間なく、目と時は回り巡る。 ふと耳を劈くは硝子の割音。 僅かに遅れて悲喚が聞こえてくる。 飛び出してくるのはヒトの姿形をした異形。 民衆を撥ね退け、危害を加えて強行する。 目前、《紅玉》の瞳に映るのは幼子。 異形は停まらず、その突奔を続ける。 「あっ、危ないっ!」 湧き上がる”本能”に《騎士》は手を翳す。 周囲には忽ち甘美な香りが漂い始める。 その手に悪を穿つ槍が有らずとも、 その手に善を守る盾は在らずとも、 水晶の如く澄やかな正義の心が 脈打つ鼓動を推進させる。 やがて香りは形を成し、 目の前の悪へ翳を落とす。 大きな紅実、凝乳の白泡、芳ばしい蛋糕。 混ざり、合わさり、現るは”巨兵”。 巨兵は《少女》の御命のままに拳を固め、 その甘き心に、紅き制裁を振り隕とす。 激しい轟音と共に拡がる凝乳の波が 悪奴を飲み込み、搦め、捕らえる。 一帯には甘匂が漂う。訪れる沈黙。 唖然とする目線の雨。思わず息をのむ。 駆け寄り、緊張を破るのは一人の幼子。 《恩人》に満面の笑みで感謝を告げる。 「えへへ、よかったです♪」 ______________ ...安堵し、息をつく。 傍らから近づく一つの足音に顔を向ける。 <あの...これは貴方が?> そこに居たのは腰に刀を差し、 橙色の髪紐をつけた黒髪の少女。 「は、はいっ。わたしがやりました!」 <学園の方...?いや...見たことが...> 「?」 <?> 奇妙な沈黙。頭上に疑問符を浮かべる両者は 話を進めるにつれ、互いの状況を理解する。 《彼女》が迷い込んだのは”異能が存在する世界”。 自分の”元いた世界”とは異なる世界がそこにあった。 そして彼女は”異能力”たちが集う場所の関係者。 その”次席”に位置する“秀才”である。 <出自不明の異能力者...ですか。> 「わ、わたし、どうなるんですか...!?」 <とりあえず...学園へ行きましょうか。> 2人の少女は一緒に歩き出す。 《異邦人》は見慣れぬ光景に目移りする。 目的地に辿り着く。そこに構えているのは 堅固な設備にも見える、”学園”だった。 「わぁ...大きい場所ですね!わくわくします!」 <国中の異能力者が集められている場所ですから。> 「すごいです!」 学園内へと足を踏み入れる。 広い施設の中には外の光が優しく灯る。 <えぇと、確か”ジュエルキングダム”の...> 「はいっ!わたしが生まれた場所です!」 <うーん、やっぱり聞いたことないですね...> 「こう、ワープみたいなものでビューンって…?」 <あり得ない話ではないですね…> 「わー...どど、どうしましょう...!」 <帰る手段は...うーん、わかりませんね...> 2人の少女は眉間に皺を寄せ、思考する。 冷たい廊下に響くのは2つの足音だけ。 <…そうだ。> 「どうかされましたか?」 <戻る方法が見つかるまでここにいませんか?> 「見つかるんですか…?」 <先生方は皆、優秀な異能力者です。> 「他にも大勢いらっしゃるんですね!?」 <なにか方法が見つかるかもしれません。> 「頼りになりますね!すごいです…!」 <それに…私は貴方が悪い人だとは到底思えませんので> 「えへへ…♪」 <先程、街中で暴れていた異能力者を鎮圧してくれましたし!> 「お役に立てたのなら光栄です!」 <この世界は…“異質”なんです。> <だから、貴方みたいな方がいてくれると心強いのです> 「そんな…えへへ…♪」 <知らぬ土地について学ぶのも冒険の助けとなりますよ> 「お、おべんきょう…」 <学びは力になります、一緒に頑張りましょう?> 「う…は、はい…」 しばらくすれば目の前に現れるのは大扉。 黒髪の少女は扉を三度叩く。 <学園長。1年学年、鬼灯寺 晴靂です。 失礼します。> ガチャリと音を立て両扉は推し開かれる。 奥の机に鎮座するのは ごつくて荒々しいおっさんのような男。 <こんにちは、オッサン学園長。> よく来たぞおお!〖稀代の刀術士〗! その横にいる、ぷにぷにの子は誰だああ! 「ぷ、ぷに…!?」 <彼女は《ルビィ》さん。異邦の異能力者です。> 身元不明の異能力者だとおお! 信用に足る人物なのか、だああ! <次席の銘にかけて私が保証いたします。> ふむ…何故にお前はここへ来たのだああ! その理由を示して見せるんだああ! 「わ、わたしは元の世界に戻りたいです!」 隔たる世界からの来訪者ということかああ! 有り得ん話ではない!続けるだああ! 「そ…その為に皆さんの力をお借りたいです!」 ならばこの学園の規律にも従ってもらうぞおお! これは必須であり、最低条件だああ! 「もちろんです!お約束します!」 それだけではないだろうぞおお! お前の目には別の決意も見えるぞおお! 「し、知らないスイーツもたくさん食べたいです!」 そうか!それは大切なことだぞおお! って違うだろおお!魂の叫び、だああ! ごくりと息をのみこむ。 口から紡がれる、魂の叫び。 それは《この子》の魂に刻まれた ただ一つの信念と正義である。 「一騎士として、皆さんの力になりたいですっ!」 刹那、訪れる沈黙。決意は木霊し、響く。 すぐに学園長の大声が沈黙を引き裂く。 うむ…!素晴らしい心がけだああ! 学園はァ!お前を歓迎するぞおお! 「えへへ♪ありがとうございますっ!」 熱烈な声と共に2つの拍手が鳴り響く。 異能力は、己が信念の為に貫けぞおお! 場所を移し2人は席に着き、 手順に沿って手続きを進めていく。 目が回るほどの紙束に疲労感を覚えつつも その作業を終え、腕を伸ばし机に伏せる。 <お疲れ様でした。> 「うぅ、疲れました...」 <お菓子でも食べますか?> 「食べます!!!!!」 長机の上に置かれた甘菓子を幸せそうに 頬張りながら長時間の疲れを癒し労う。 「はぁ〜…おいしいです…♪」 <本当に甘いものがお好きなんですね> 「えへへ…いつも食べ過ぎちゃってますけど…」 <ここ“東京”には他にもスイーツがありますよ> 「もぐ…!」 <私は元々流行りに疎いというか…参考にはならないと思うのですが> 「もぐもぐ…」 <私も知らない、新しいスイーツは今も尚出されているそうで> 「もぐ!んぐもぐんぐ!!」 <…ふふ、ハムスターみたいになってますよ> 「んぐ…ごくん。えへへ…すみません…」 談笑し、菓子を食べ進めているとハレキは 懐から一枚の小さなカードを取り出す。 <先程…公務部にて学園生証を発行していただきました。> 「わぁ…!早いですね!」 <これが…貴方がここに在る“証明”です。> 手渡される学園生証。手に取り、確認する。 記された名前、学年、そして 異能力名 ”甘兵” <歓迎します、”特待生”_ 《ルビィ・コーラルハート》さん。> 「えへへ、しばらくの間よろしくお願いします!」 手と手を交え、2人は微笑む。 新たな学友と共に普遍的で特別な日々が幕を開ける。 ______________ ...本来ありえないこの邂逅に気付く者はそこにいない。 結局、何も”問題”は生じないのだから。 『異能第一高等学園』。 ”日の本の国”の異能力者が集う場所。 《異能少女》は珊瑚色のカーディガンを身に纏い、 甘味の巨兵を従えて新天地を謳歌し闊歩する。 「まだ見ぬスイーツを求めて、 張り切って行きましょうっ!」 ”傍観者”はこの異常を称嘆し、歓迎する。 これは、芽生えたもう1つの“物語”。 _ようこそ、《特別招待生》。 _この『描かれた箱庭』へ。 異能『菓臣(スイートドール)』 本来であれば異能力などとは無関係なはずの彼女だが、数奇な運命からか異世界に適応し、その身に宿ったのは巨大なケーキのゴーレムを作り出して操る異能力。 なぜ使えるのか?それは他の異能力者と同様、ただの“本能”である。 魔力自体も健在であり、混ぜこまれた魔力によってそれはもはやただのケーキではなく、ケーキのような何かと形容するのが正しいかもしれない。 彼女の意志の赴くままに駆動するその兵士。それは少女の中に眠る【王女の資質】によって呼応し、醒まされた力の一端なのかもしれない。