俺は走っていた、ここが何処かも分からぬまま走っていた。ここは何処だ!?、見ると此処はトンネルの中か?、それに背後から先程から聞こえる低く響いた声?のような音が俺の背筋を凍らせる。 トンネルの地面に伸びた線路、その錆びれた様子から廃線となってかなりの時間が経っている事が分かった。トンネル内は暗い、しかし自然と輪郭が分かる。不自然にもトンネルを視覚する事ができたのだ。 「…はぁ…はぁ……はあ…」 どのくらい歩いたのだろうか、行く手に全く光が見えない。永遠かと思える、そんな暗闇が俺を狂わせる。 いや___、あれは…… 「ひかりだ…、光だ!?」 トンネルの先、光を見つけたのだ。出口だ、きっとそうだ。はしゃぐ心、駆け出した足は止まらない。 「助かった!、助かっ……」 「どうか……なされましたか…?」 カンテラの光が俺を照らす、少女が立っていた。 「あぁ、道に迷われたのですね…」 少女はそう呟くと俺に背を向けて歩き出す、俺は咄嗟にその背を追いかけるように小走りに歩き出す。 「では、少し私と話しながら進みましょう。」 少女の声、俺は少女と肩を並べるように歩く。 「話?、出口はまだ先なのか…?」 少女の視線が俺の顔を見つめる。 「ここは、かや?しほら_わ#ですからね…」 「はっ……?」 上手く聞き取れなかった、疲れてるのかな俺…? 「すまん、今なんて……」 「そうですね、怪談なんてどうでしょう」 少女は俺の言葉を遮るように呟く、カンテラの火が不気味に揺れる。 「いや、俺……怪談とか興味ないし」 「きっと楽しいですよ、きっと…」 そう言って、少女は語り出した。 これは昔々、それはそれは昔の物語……… とある村、とある少女、とある悲劇 「ねぇ!、見て見て!、イナゴ!」 幼子がそう言って手に握りしめた稲子を見せる、母親だろうか……若い女はそれに対して微笑む。 「ふふっ、そうだね」 大正@&___、灼熱の炎天下 周囲を山々に囲われた村 「もうユナ、走らないの」 果てしなく広がる水田、その真上は快晴の空が二人を照らす。 「だって姉さん、ワクワクするもん!」 幼子が……ユナはそう自身の姉に呟いた、姉は笑う…その笑顔の中には曇りがあった。 ここは集会場だろうか、たくさんの人が集まっている。姉妹はその中を掻き分けていく、二人が今回の本題だから…… 「佐々木さん、お久しぶりです」 佐々木と呼ばれた男、姉妹を見て朗らかに笑う。 「おー高橋さん!、それにユナちゃんも、よく来たね!、暑くなかったかい?」 「あつい!」 「そうかユナちゃん、中にアイスがあるから貰っておいで」 「うん!」 ユナは駆け出す、集会場の中へと消えていく。それを見送ると佐々木は姉に振り替える。 「何故、連れてきた?」 その表情は険しい、姉は震えた唇を動かす。 「あの子にも…知る権利が……」 言葉の途中、佐々木は鼻で笑い、それを遮る。 「知る権利?、バカか、お前は……」 不意に佐々木は黙った、ユナが元気と戻ってきた。その手にはアイスキャンデーを持ち、満面の笑みを浮かべている。 「見て見て!、メロン!」 緑色に輝くアイスキャンデー、実際はメロンとは名ばかりの着色されたアイスをユナは頬張る。メロン味と信じて疑わず、頬張った。 「中で話そう」 佐々木はそう呟いた、姉はそれに頷く…… ユナは今、一人で外にいた。目の前には森が広がり、遠くの後ろの方には集会場が見える。 「セミさーん!、おいでー!」 ユナはそう叫ぶ、しかしセミの騒音にそれは掻き消された。姉と村人は集会場の中、かれこれ1時間が過ぎただろうか…… 「‥‥‥?」 ユナは遠くの集会場を見入る、そして駆け出した。何か、胸騒ぎがしたからだ……… 集会場内は荒れていた、ギスギスとした雰囲気が、視線が姉を突き刺す。 「ですから、それは父の問題です。私たち二人には関係のない話です!」 「いや!、親の責任は子が償う!、当たり前だろ」 「今の時代になんて馬鹿げた話を……、それに……」 姉は言葉がつかえる、目が泳ぐ……震えた口元、体が恐怖で強張る。 「人柱なんて、そんな昔話みたいな事!、そんなのおかしいです!」 姉の口から告げられあ人柱という言葉、つまりは生贄である。一体、誰を犠牲にそんな恐ろしい事を……… 「仕方ないだろ!、それしかないんだ!」 「私が!、なら私がなります!、だからユナは!」 「ダメだ!、お前は来月には結婚する!、そんな奴を人柱には出来んよ!」 その言葉に姉は目を見開く、絞り出したような言葉を漏らす。 「なら、貴方たちの誰かがなればいいじゃないですか………」 静まり返る、人々は顔を右往左往させて互いに顔を見合わては嫌そうな顔を浮かべる。 姉の鋭い視線が佐々木を見つめる、殺意に近い感情が込められた視線、佐々木は冷や汗を掻きながらも語る。 「これは必要な犠牲で、正しい責任の落とし前というやつでな……」 ___ガシャン…! テーブルの倒された音、立ち上がった姉は倒したテーブルを踏み越えて佐々木に迫る、そして無造作に襟首を掴んだ。 「そんなに我が身が…!、我が子が可愛いかッ!!」 鬼気迫る、佐々木は固唾を飲んだ。 「すまない……、だが決定事項なんだ」 その言葉に姉は溜息を吐く、それは長い溜息であった。襟から手を放す、姉はその場を後にする。話の通じぬ村人に背を向け、炎天下へと身を出した。 「ユナ、おいで」 遠くに見える妹を呼ぶ、その手をしっかり握る。決して離さない、決して失わせない、決して死なせはしない。 二人は来た道を戻り、家へと帰る。 私の父はこの村を愛していた。この村は山々に囲まれている、山が邪魔して他村への行き来は簡単ではない。だから鉄道を敷く提案を掲げ、計画を自らが一手に担って進められた。 しかし、その道のりは決して楽ではなかった。 この村は山々で囲まれている、だから村人の崇拝対象は山である。山神信仰、鉄道を敷くにあたって最大の障害は山であり、山を突っ切るようにトンネルを掘る事もそうだが、村人の山神に対する畏怖の感情は強く、説得は容易ではなかった。 しかし、父はそんな村人を説得し、より村を良くする為に計画を実行に移した。 最初のうちはよかった。トンネルを掘り進め、レールを敷いていく。村人の協力を得て、たくさんの人員が鉄道事業に参加した。 しかし、悲劇は始まった……… いつからか、神隠しが多発した。トンネル内で作業員が行方をくらませる、そんな神隠し事件である。当然、村人は父を責め立てて罵詈雑言を浴びせた。だけど父は決して屈せず、トンネル工事に専念した。 それにお祓いもした事だ、きっと大丈夫だろう…… 深夜、父は家を飛び出した。その後の行方を私は知らない、村人は山神に対する恐怖を口々に語る。だから人柱を立てると誰かが言い出した、村人の大半はそれに賛同した。 誰が死ぬ、誰が犠牲になるべきか、きっとアイツだ、殺すならアイツがいい。 私の妹が……人柱に選ばれた。 帰り道、私は妹の手を強く握りしめる。夕日が私達を照らす、妹が口を開いた。 「わたし、死んじゃうの…?」 ___ピクッ 私の鳴り止まぬ鼓動、やけに乾いた喉から声を絞り出す。 「な、何のこと?」 「だって、みんな言ってた。わたし、知ってるよ」 見られていた、聞かれていたのである。私は返答に困る、妹は次にこう告げた。 「わたし、みんなが喜ぶなら死んでもいい」 うなじが逆立つ、私は叫んでいた。 「バカ言わないでッ!!、皆んなのため!?、皆んなが喜ぶ?、死ぬなんて……私の前で二度と言わないで!!」 握っていた妹の手が震える、私は心が締め付けられた。しかし、私は後悔はしない。決して妹を失うものか、奪わせるものか、殺させるものか。 私は覚悟を決めた。妹を守ると、絶対に守って見せると己に誓った。 家に帰宅する時には日が沈んでいた。私は駆け足で家に上がり、黒電話のダイヤルを一心不乱に回す。耳にあてた受話器、私は電話越しから聞こえた声に食い入るように話しかけた。 「ひろき…?、うん私、ちょっとお願いがあるの」 妹は居間で遊んでいる、私は電話越しの相手に相談を持ち掛けていた。 「えぇ、そうなの……だから、うん…ありがとう、じゃあ10時に」 電話を切る、私は安堵の溜息をついた。 荷物をまとめたトランクケース、妹の手を引いて夜道を歩いている。待ち合わせ場所に向かう、遠くからクラクションが聞こえる。 「ひろき…!」 声のトーンが一段上がる、私は少し駆け足で彼の乗った車へと駆け出した。彼は私の婚約者、妹を逃がす為に手を貸してもらったのだ。 「ひろき、妹を隣町まで連れて行きたいの」 「悪い……」 「ひろき……?」 周囲から人の気配を感じる、村人がぞろぞろと現れた。手には鎌や鍬を持ち、その表情は怒りに満ちていた。 私は気づく、ハメられた。 「逃げて_ッ!!」 私は妹に、ユナに叫んだ。飛び交う怒号、村人がユナを殺そうと迫り来る。私は取り押さえられる寸前、両手に抱えたトランクケースを投げ捨てる。あまりの重さに村人は倒れた、私は妹の手を引いて走り出す。どこにも逃げ場はない、この村は山に囲まれている。山を越えるには車か、長年の登山経験が必要だ。私達は駆け出す、一心不乱に死から駆け出したのである。 山の麓まで来ただろうか、息が苦しくて肺が潰れたような錯覚を起こす。 「痛ッ……!」 髪を引っ張られる、地面に投げ捨てられたかと思うと複数人に押さえつけられた。 「待って!、ユナに手を出さないで!」 妹に迫る狂気、私は目を離さない、決して離せないのである。 ___ダシュ…! 切り裂かれた衣服から鮮やかな液体が飛び散る、これは血だ……しかし妹のものではない。 「逃げ…て……」 背骨が剥き出しになる、その隙間から内臓が見えた。私は妹に微笑む、骨まで達した一撃、切り裂かれた肺が酷く痛む。村人は騒然としていた、遠くで婚約者の慌てた声が聞こえる。 あぁ、私はもう助からないな……離れていく妹の背を見送りながら脳裏でそう考えていた。妹が生きてくれればそれでいい、私はそれで満足なのだから…… ___バタッ…! 私は駆けていた、背後からの声に耳を塞ぎながら駆けていく。姉はもういない、いないのだ。 目線の先に洞穴を見つけた、いや…それはトンネルの入り口であった。張られた規制線を小さな体がくぐり、暗闇へと消えていく。村人の声が遠ざかる、何か言っていたようだが今では聞こえなくなっていた。 背筋の寒気を無視して奥へ奥へと走っていく、どこまで走ったかトンネルの最奥は行き止まりであった。 「どうしよう、やっぱり引き返そ……」 ___グシャ…! 少女は、そこで語り口を閉じた。 「如何でしたか、怖がっていただけましたか?」 揺れるカンテラの灯り、その表情は少し不気味であった。 「いや、最後が意味不明だし、怪談っていうよりヒューマンホラーみたいな感じで、やっぱ本当に怖いのは人間でしたって話じゃん」 「ふふっ、では補足として話の続きをしましょう」 「いや、いいよ……」 俺は遠慮したが、少女はそれを無視して語り出した。 「その後、あの子供を見た村人はいませんでした。トンネルは無事に開通され、村は活気に溢れていました。だけど、ある時から不思議な事が起こり始めたのです。」 少女の顔は無表情、カンテラからの光が瞳に反射している。 「村人が食われたんです、グシャっと噛み潰された姿で次々に発見されたのです。犯人は分かりません、山神のせいだと主張する村人もいましたが、その方も食われてしまいました。」 「やけに詳しいな…?」 その言葉に少女はこちらを向く、吸い込まれるような綺麗な瞳、俺は背筋に悪寒を感じていた。 「一体…、誰が犯人だったんでしょうね…」 そう言って少女は微笑む、俺は調子を合わせようと引き攣った笑顔を取り繕う。 眩しい、俺は真正面を見る。トンネルの奥に見えた光、出口が見えてきたのだ。 「おお!、出口だ!」 俺は駆け出す、少女を置き去りにして駆け出す。知らない土地に出た、足元の違和感に下を向く。 古びた規制線…… ___グシャ…!