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【お菓子なる大魔女】ハロウィンの大魔女グレーテル

 私は常々思ってる。  お菓子で世界を埋め尽くせば、どんな人もどんな国も幸せになれる、と。  甘くて美味しいお菓子は幸せの塊。  一口齧れば、ハッピー山盛り。  荒んだ心も潤って、難しい事も忘れちゃう。  憎しみを持つより、楽しみを持つ方が良いもん  いがみ合うより、語り合う方が幸せだもん。  辛いお仕事より、甘いお菓子をずーっと食べていた方が最高だと思わない?  怖くて痛い剣よりも、可愛くて甘いキャンディの方がみんな喜ぶよ!  飛び交う矢と弾がジェリービーンズだったら、みんな愉しいよね!  難しい魔法とか凄い強い魔法よりも、クッキーやチョコレートを飛ばした方が絶対幸せだよね? なーんで、偉くて頭の良い魔法使いの人は“こんな単純な私でも思いつく事”をしないんだろう。  ほんと、みんなみんな戦いが好きなんだね。  殺し合って、痛めつけて、自分の方が強いことを見せつけたがる。  獣と一緒だよね!   人間なのに!  だからと言って、すっごい力を得た私も同じことをしようとは思わないよ。  争いは同レベルの人間がすることだもんね!    私が選んだのは、もっと幸せな方法!  お菓子を一杯集めて、ハロウィンで得た力の全てを使って世界をお菓子で埋め尽くすの!  今の私はこの世界の法則すら上書きできる魔力を持ってるんだよ!  お菓子が私にパワーを与えてくれるんだ!  そしてハロウィンが終わったら日から、ずーっとこの世界を甘くて愉しいに包み込むの!  みーんな、驚くよね!   攻撃しても魔法を使っても、お菓子ばっかり出てくるの!  これで世界は幸せだよね!  ずーっと悪いこと企んでいる韋編悪党の大人達も!  痛くて怖いことをしてる終戦乙女さん達も!  こんな世界だったら、何もできないもんね!  とある終戦乙女の人は《せかいさいしゅーナントカろん?》とか何とか言ってたけど!  それなら私の幸福論を見せてあげる!  み~んな楽しみに待っててね!  ……  …………  って思ってたのにさ。  どーして、皆来ちゃったのかな? 「ウニャハハハハハ! こりゃ駄目だニャ! 吾輩では敵わないニャッ!」 「呵々! まだまだ鍛錬が足りぬようだ! 今度は針山でスクワットをしてみるかのう!」  コテンパンにされながらも《踊る南瓜猫》と《アレキサンダー》の両名は、何処か愉しげな様子でお菓子の大魔女の元へ逃げてくる。  二人の様子に溜息を吐く大魔女──グレーテル。大量のお菓子を詰めた木箱の前で青い髪を愉快に揺らしていた彼女は、子供らしく頬を(プクッと)膨らませる。 「もーちょっと、時間を稼いで欲しかったなぁ」手にした飴を舐めながらグレーテルは不満げに言う。 「無理無理、無理だニャ! ハロウィンで強くなったとは言え、元より吾輩は戦闘は苦手なんだニャ!」 「ガハハハ! 勇敢なるアレキサンダーとして不甲斐ない結果! だがしかし、この敗北を刻み次の高みへと突き進む覚悟ぞ!」 「はぁ……」グレーテルは再び溜息。尤もそれは彼らへの落胆というよりも、ハロウィン期間であっても変わらぬ二人の本質への呆れだ。  二人を余りのお菓子で労いつつ、グレーテルはこの後の展開に向けて策を練る。彼らが敗走したとなれば、エラや彼女の協力者達が遅かれ早かれやって来る。  どうやって撃退しようかと悩むグレーテルであったが、よくよく考えると自分の夢を彼らへ語って計画に賛同してもらう方がいいかもしれない。  彼らは知っている。  戦闘の大変さを。  彼らは気づいている。  戦いの無意味さを。  彼らは求めている。  争いのない、お菓子に包まれた幸せな世界を! 「うん、そうだよねそうだよね。みんな戦いに疲れて平和が欲しいもんね、甘い世界が欲しいもんね!」  一際大きな声を発したグレーテルは(スッと)立ち上がると入口の方へ振り向いた。青い髪が靡き、柔らかな黒のドレスの裾が(ふわりと)踊るように舞う。 「──そうでしょ、みんな?」 「……後者はともかく、確かに争いよりは平和の方が好意な者は多いだろうな。ハッピーエンドに大団円とは、衆愚が好む結末さ」  やさぐれた声色、外見に似つかわしく無い鋭く尖った目つきの少女が応える。全身を灰色に染め、灰色の傘を持ちキャンディを齧る少女──エラとその背後にいる協力者たち。  数名の協力者達が部屋中に積まれた夥しい数の木箱に驚く中、あなたは成長したグレーテルの姿に目を丸くする。二十前後程の外見年齢さ故に、エラからの前情報や特徴的な青い髪が無ければ同一人物とは思えなかっただろう。 「イヒヒッ! 凄いでしょ、このお菓子の数! もう、この空間にいるだけでハッピー山盛りでしょ!」やや子供じみた動作で笑うグレーテル。  エラの言う通り、確かに成長したのは外見だけのようだ。それが分かると、あなたは思わず笑みを零した。  グレーテルはやはりグレーテルのままだ。  むしろ成長したグレーテルを前に、あなたは何処か嬉しい感情を芽生えさせてしまっただろう。 「こら。なに、親心感じてんの」  エラに傘で小突かれる。 「さっさと倒すわよ。こちとら、口ん中甘すぎてそろそろスモーキーさを感じたい──」 「ストーーーップ! 戦闘前に少しお話させてね!」  エラの言葉を遮るグレーテルが素早くあなたの前に走り寄る。 「ねぇねぇ! あなたは本当は戦いたくないでしょ! そうでしょ! だって痛いもんね! 辛いもんね!! 怖いもんね!!!」  あまりの剣幕に動揺するあなたを無視してグレーテルは更にまくし立てる。 「うんうん、そうだよね! だから私と協力してこの世界をお菓子で一杯にしようよ! そしたらみんなハッピー山盛り! 勝ち負けなんて無くなって、理不尽な事も無くなって、甘い甘ーーーい結果で幸せだよ!」 「はぁ……お花畑な頭で考えた、そのふざけた言葉を……」   呆れた様子のエラをあなたは制すと、グレーテルの目を見つめる。まるで琥珀糖の様に輝く青の瞳は、あなたの肯定の言葉のみを待ち望んでいる。 “確かに世界がお菓子で一杯になれば、みんな争うことをしないだろうね”  あなたの言葉にエラが怒りと困惑を混ぜ合わせた表情を浮かべる一方で、グレーテルは毒っ気のない真っ直ぐな笑顔で何度も頷いてくれる。   「うんうん! そうだよね! お菓子で世界が埋め尽くされればみんな幸せーだもんね!」  純粋無垢なる笑顔を咲かすグレーテルは、あなたへ手を差し出す。一緒に世界をお菓子で埋め尽くそう、と──それこそが皆を幸せにする最善策だと彼女は信じている。  それでも──── “でもね、お菓子で世界を埋め尽くしても争いが消えるとは限らない。むしろ、そのお菓子が原因でもっと争いが激化するかもしれない”  あなたの言葉が理解できなかったグレーテルは小首を傾げる。  いや──理解はしたのだ。  ただ──認めたくなかったのだ。  顔に浮かんでいた笑みは消え、差し出した手を引っ込めて胸の前で弱々しく握る。青い瞳を忙しなく左右させ、声にならない言葉を唱えるように口を動かす。 「……どうして? どうして、そんな事を言うの? 幸せなんだよ、争うより平和の方がハッピーじゃないの?」  確かにそうだ。  グレーテルの言っている事は正しい。  正しいのだ。  しかし、正しさだけではこの世界は回らない。甘いお菓子で解決する程に、この世界は甘くなく──単純ではないのだ。 「ま、そう言うこった。アンタの理想はご立派だけどさ、所詮それは甘い夢なんだよ。そして──夢からは何れ醒める必要がある」  灰色の傘で床を叩きエラは告げる。心無い言葉に聞こえるかもしれないが、彼女なりの優しさがそこにはある。  乾ききった煙草の煙のような、ピリリとした辛みも必要なのだ。 「……やだもん……認めないもん……楽しくて甘くて幸せな夢はずっと見ていたもん……」  肩を震わせるグレーテルは、呪文を唱えるように(ブツブツと)自分の理想だけを呟く。 「────そうだよね。だから、みんなを“愉しい夢と甘いお菓子”で埋め尽くしてあげる! カモン──みんなッ!!」  グレーテルの声に呼応して、現れたのはチョコレートの様な匂いを漂わせる天使とグミの様にカラフルな体を持つクマ。  そして──グレーテルの足元より現れるクッキーゴーレムのヘンゼル。 「ハッ! そうさそうさ、それで良いのさ! 結局、私たちもアンタも変わらねぇさ! 力でもって解らせる──この世界じゃ、それこそが全てだからなッ!」飴玉を齧るエラが灰色の傘を構える。 「ブブーッ! 違うもん! 私は正しさを証明する為に戦うんだもん!」  ヘンゼルの頭にしがみつくグレーテルは、エラに向かって舌を出して挑発する。 「誰も彼もがそうさ……自分が正しいと思ってるから、戦うんだよ」  エラの呟きが聞こえた。僅かに顔を曇らせた彼女だが、あなたの視線に気づくと彼女は恥ずかしさを隠すように睨み返してくる。  ふと、その時だ。  エラとあなたはグレーテルの背後に積まれたお菓子が“エメラルド色”の光を僅かに発している事に気づく。  煮詰められた悪意、背筋も凍る程の悍ましい邪悪さを放つソレに──あなたは覚えがあったかもしれない。 「ふーん。てっきりグレーテルの単独暴走と思っていたが……どうやら“あの大魔法使い”が一枚噛んでいやがるのか。 「嫌な感じだ……まるでグレーテルの力を根こそぎ奪うような魔力……おい、アンタわかってるな?」  頷くあなたにエラはにやりと笑う。 「迷うことは無い。徹底的にやるよ! あのクソッタレカメレオンの薄汚い企みを木っ端微塵にしてやろうさ!」  エラの言葉に応じ──あなたは構える。  ハロウィンにおきたお菓子の消失事件、そのラストバトル──いざ、開始。