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【異国の火筒を抱く侍】村瀬 久四郎

堤防の向こう、風車の影が長い。異国の朝は冷たく、北海の匂いが鼻を刺した。 久四郎は古びた外套を胸で合わせ、肩の火筒を確かめる。ここで身に着けたのは言葉と稼ぎの要領、そして鉄の筒に宿る“長い間合い”だった。 船宿の親父が指さす先、英吉利(※イギリス)行きの小さな帆船が帆を乾かしている。 「Ga je?」(行くのか?) 「Ik ga.」(行く) 短いやり取りののち、久四郎は手持ちの銅貨を数え、甲板に足をかけた。振り返れば、運河に並ぶ煉瓦の家並み。見知らぬ言葉で交わされた挨拶、香辛料の匂い、港の喧噪――それらを胸の奥で静かにたたむ。 「まだ先がある」 誰にともなく呟き、指で銃剣の根元を軽く弾く。 雷鳴(Donderslag)は遠くでうなるだけ、今は要らぬ。必要なのは風と潮、そして次の陸。 帆が鳴り、縄が鳴り、船は北海へ滑り出す。久四郎の旅は、また一歩、海を越える。