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真実の魔王

 私は魔王、真実の魔王である。  私は嘘が嫌いだ……。  幼き頃より私は他人が嘘をついているのかが分かる、分かってしまうのだ。  私の魔眼は嘘を許さない、それは私であっても例外ではない。  "真実の瞳"『対象の嘘を見破る反面、所有者は決して嘘をつけなくなる。』  私の言葉は他者を傷つける。私は正直者、反吐が出るほど愚かな正直者である。  だから私は、知識を求めた。  感情や主観を捨て去り、客観的事実を告げる事だけに徹した。  だからこそ私は、知識を求め続けた。  誰かを傷付けぬように、私が……傷付かないように………  私は幼き頃から魔王であった、この360年の生涯において、そのほとんどを魔王として過ごし、国を治めてきた。  「違う、これにはドラゴンの臓物ではなくハーピーの爪先を使うべきだ、そうすれば効能時間が長くなる。」  「しかし、ドラゴンの臓物の方が良いのでは?」  「たしかに、ドラゴンの臓物を使えば倍以上の効果を得られる。しかし、ドラゴンの血には毒が含まれる、長期的な使用には向かない。それに、薬品を作ったとしてドラゴン討伐の負傷者の方が多くなる、それよりはハーピー達と取引した方が利がある。」  「しかし…!」  「くどい!、お前の私欲に付き合う暇はない」  「いえ、私は……」  私の魔眼が、既に嘘を見破っていた。  「ドラゴンの内臓は高値で売れる、特に心臓は宝石より高値で売れる。お前が企んでいる事は分かっている、死体を売り捌きたいのだろう?、生きた宝物庫と呼ばれる程にドラゴンの肉体には様々な使い道があるからな」  「わ、わた……私は」  「弁明など必要ない、お前が悪しき死霊魔術士どもと取引している事は調べがついている。最近では子供の死体にまで手を出したらしいな」  「違う!、私は違う!」  私は嘘が嫌いだ、魔眼が嬉々として私に囁いてくるのだ。他者の嘘を、聞きたくない真実を私に告げてくるのだ。  無惨に殺されていく子供たち、陵辱の果てに待つ死がどれだけ恐ろしかった事か、私には分かる、魔眼から悲鳴が伝わってくる。  「もうよい、この者を捕らえた上で縛首に処せ」  私は目を背ける、逃れられない真実から目を逸らそうと抗う。しかし、目を瞑る程に真実が私に絡みつき、私の心を蝕んでくる。  この報いは必ず受けさせる、必ずだ。私は嘘をつかない、私は誓った。心の中で祈りと共に誓ったのである。  「はぁ……さすがに心身共に堪えるな….」  自室に一人、誰も居ない空間で弱音を吐く。私の数少ない安らぎ、一人は安心する。誰も傷つかない、誰も……私も……  ___コンコンッ…!  「……?、…入れ」  メイドが一人、部屋に入ってきた。皺が一つとない制服を着こなした優雅な腰つきで私に告げる。  「おやすみのところ失礼を、ご報告がございます。魔王様に面会を求める方がお一人……客人というにはどうも…」  言葉を濁す、皆まで言わずとも私には分かった。私の魔眼は隠し事を許さない、竜人の女が一人……私を待っているのが分かった。  「竜人族か……わざわざ魔族の領地に何のようだ……」  私はそう、口にした。  「あなたが魔王様?、私はリーム!、リーム・スベンジャー!、よろしくっ!」  「竜人、何の用だ?、また我々と戦争でも起こそうというのか?」  「まだ300年前の小競り合いの事を引きずってるの?、それ以降は竜人も魔族も和解したじゃない」  「私の父と母は、あの戦争で亡くなった、いや…殺されたのだ、お前ら竜人族に!」  感情が……、いつもの鉄仮面が崩れてしまった。抑えられない感情が、嘘という誤魔化しのない言葉が私の口から溢れ出す。  「竜人竜人って、私はリーム!、それに戦争を起こしたのは私じゃなくて父の方だから!、私に怒らないでよ!」  「やはり竜王の娘……憎きハラベル・スベンジャーの娘かッ!!、お前にこの私の憎しみは分からない!、いや分かってたまるか!」  「竜王とか憎しみとか、私には関係ない!、私はリーム!、ただのリームとして此処に来たの!」  真っ直ぐな瞳が私を貫く、こんなにも透き通った目は久方ぶりである。私は、少し興味が湧いた。  「ほお、なんだ?、言ってみよ」  私は玉座に片肘をつく、頬杖で相手を見下ろす。あとは相手の出方次第である。  「助けてほしいの……私達を、竜人族を…」  「憎き種族を助ける?、笑わせるな小娘」  私は嘲る、しかし相手は折れない。  「最近、異様に行方不明者が多発してて、どうやっても私達の力じゃ解決できないの、だから魔王の力が必要なの!、私達を助けてほしい!」  「私を犬か何かだと思ったか?、私は魔王だ、雑多な種族の問題ごときに首を突っ込むほど馬鹿者ではない!」  「分からない!、誰かが困っていたら助ける!、当たり前の事よ!」  「私に何の得がある?、賞賛か?、それとも栄誉か?、私はお前ら竜人族になど讃えられたくはない!」  「あなたって、本当に心がないですね!、そんな冷酷な王に誰が付いてきたいと思うのよ!」  嘘や躊躇いの一切無い心からの言葉、だからこそ私の心に深々と突き刺さる痛みがあった。  「…………分かっている、このような王に民衆が意を向けぬ事ぐらい、痛い程に分かっている…」  私は王の器ではない、どれだけ知恵を得て良政を敷こうと、どれだけ感情を殺して機械的に政治に取り組もうと、返ってくるのは嘘まみれの賛美と見え透いた嘲りだけだ。  私が魔王に相応しくない事など、とうのとっくに分かっている。  「もうよい、リームとやら……おまえは…もう帰れ…」  「待って!?、私はまだ返事を」  「そんなに聞きたいか?、ならば私が解決してやろう!、お前がその腰にある刃で自害すればな!」  リームの表情が一瞬だけ強張る、腰に差した刃物は竜人族の強靭な鱗すら切り裂く魔剣の一種である。魔王は笑う、仲間など自身の死が目の前に来れば大した事ではない。見捨ててしまえ、私に命を乞うのだ。  「しかし、私も畜生ではない、お前が諦めると言うのなら無事に……おい!、何を?」  視界の先には床に両膝をつくリームの姿、ふっと柔らかく微笑み、腰から刃を抜き取る。  「良かった……、これで皆んなが救える……いや、救ってもらえるのなら」  「待て!、死は怖くないのか?、己の死なのだぞ!」  「正直、少し怖い……いえ、凄く怖くて怖くて仕方ないです。でも、大切な人達が消えていくのはもっと怖いんです、それに…」  リームは一瞬、目を瞑る。そして確固たる意思で魔王を見返す。  「魔王様が優しい方で良かった、こんな私なんかの命で、皆を助けて下さるのですから……」  "ありがとう……"  その言葉に嘘はない、魔王は震えた、嘘ではない事に驚愕した。魔王は困惑した、竜王の娘の揺るぎない意志に、死を受け入れた少女に。  そして気づく、この娘は生贄だったのだと、自ら進んで生贄になったのだと、この少女は父に愛されていない事を知っているのだと魔王は悟った。魔眼を通してではない、冷酷な魔王の心を通してそれを知り得たのである。  刃が腹を貫く直前、その手を止める者がいた。  「待て!、私が悪かった……私は何も求めない、何もだ!、お前の死すら必要ない!」  少女は驚き、震える手から刃物が滑り落ちる。涙が止まらない、死ぬ事が怖かった……本当に怖くて仕方なかったのだ。  「私が間違っていた、お前達を救う事を約束しよう、必ずだ!、私は嘘を一切つかない!、必ずやお前達を救ってみせる」  「ありがと…ありがとうございます……」  少女は泣き崩れた、幼子のように頬を赤くして泣き出した。魔王は少女を抱きしめる、今はただリームを抱きしめたのである。  事件の真相は単純であった、奴隷商による竜人族の誘拐及びに殺害。しかし、少し面倒であったのが奴隷商だけではなく魔王の配下も少なからず関わっていた事である。  逃げ惑う同胞や奴隷商。  だかしかし、魔王の魔眼がそれを許さない。一切の余地なく奴らを死刑に処していく。  事件は解決した、その筈だった。  我国へ帰国する、もう少し滞在していくというリームを伴って帰国した。  しかし、放たれた矢が胸を穿つ。  崩れ落ちた私に投げ込まれる石つぶて、民衆は魔王を理解できなかった。  機械的であった私の変化に恐れた、感情を見せた私を恐れた、部下を平然と処していく私の姿を恐れたのである。  リームの叫ぶ声が聞こえた気がする、もはや手遅れ……何も感じる事ができない。  私は無様に死に行く魔王、私は最期まで立派な王ではなかった。誰からも理解されず、ただ嘲られる王である。  しかし、私は死を恐れない。それは嘘ではない、私は魔王、真実の魔王である。  私を抱きかかえるリームに私は微笑む、私は憎しみに溺れ、最期には己の民衆によって倒された魔王。  そんな勧善懲悪の筋書きの中にも一つの救いはあった、私はリームに微笑む、友に微笑む。最期まで私に寄り添い、嘆き…悲しむ友に……微笑んだ………  かくして魔王は倒された、それは伝承となり、伝説となり、いつかは忘れ去られる物語。  しかし、ただ一人、彼女を覚えている者がいる。  竜の鱗を纏いし存在、彼女は魔王を忘れない。  今では彩られた冒険譚、勇者が魔王を倒す物語。  しかし、彼女は真実を知っている。  真実の魔王を知っている、彼女の事を忘れない、これからも決して……忘れない。