一ヶ月ほど前、四獣所属の輸送機が宇宙の片隅で救難信号を確認した。 「…ん? この反応、救難信号か…?」 操縦席でモブAがモニターを覗き込む。 「…なんだって? こんな辺鄙な場所で救難信号だなんて、何かの間違いじゃないのか?」 「いや、間違いない。型式は…かなり古いものみたいだ」 「なら、そこらの小惑星にでも壊れた機体が転がってんだろ。時間もないし、放っておこうぜ」 「でも…」 「あのな〜ただでさえ誰かさんが腹壊して遅くなってんのに“でも”じゃねえよ! 遅れたらどうなるか、分かってんのか?」 「……わかったよ、そんなに怒るなって…」 それから一週間後、どうしても気になったモブAは、情報部に救難信号の解析を依頼した。 「モブAさん」 情報員Aがモニターを見つめたまま呟く。「この救難信号、どこで確認しました?」 「前の輸送任務の時に、小惑星群の近くを通りかかった際に確認しました。航路記録を見てもらえれば、もっと正確な位置が分かるはずです」 「…そうですか……確か、あそこは……いや……でも……」 情報員Aは何かを考え込むように、小声でぶつぶつと呟き始める。 「……? 何か問題でも?」 情報員Aは返事をせず、じっと画面を見つめたまま動かない。 「あの…情報員Aさん?」 「……あ、すみません。少し考え事をしていました。この救難信号については、もう少し調査を進めてから報告します」 それからさらに一週間後―― モブAは、護衛機に囲まれた調査艦の中にいた。 「(なんで俺がこんなところに…? 幹部までいるし、まさかあの救難信号がとんでもないものだったのか?)」 「まもなく目的の地点に到達します」 「よし、到着次第、直ちに調査を開始しろ」 調査艦が目的座標へ到達すると、すぐに報告が入る。 「調査機が救難信号を感知しました」 幹部は静かに指示を出す。「1〜7番機を発信源へ向かわせろ。8〜15番は待機。……艦長、指揮を任せる」 「了解しました、青龍様。機体の準備は整っています」 「わかった。それでは行ってくる」 モブAは状況の急展開に戸惑いながら、内心でぼやく。 「(…俺、ここにいる意味あるのか?)」 ――― 四獣のトップ、“黄龍”神楽の執務室。 「今回の調査、あなたにも同行してほしいの」 神楽の言葉に、青龍は僅かに眉をひそめた。 「わかりましたが……たかが救難信号の調査に、護衛機と幹部まで同行とは過剰では?」 「まぁ普通はそう思うでしょうね、普通ならね」 神楽は一枚の資料を青龍に手渡した。 「これは情報部から送られてきた資料よ。発信源を見てみて」 青龍は書類を読み、目を見開く。 「……これは…!?」 神楽は静かに頷いた。 「調査の結果、この救難信号の送り主は、かの【“大将軍”サード・オンドリオ】のものと判明したわ」 「し、しかし……彼は60年以上前の大戦で戦死したはずでは!?」 「それについても調査報告があるわ。彼は大戦の最後の任務直後、爆発に巻き込まれ、消息を絶った。つまり――」 「誰も、彼の死を確認していない……?」 「ええ。遺体も発見されていないのよ」 青龍は書類を握りしめる。 「もしこの救難信号が本物なら……オンドニオが生存している可能性が?」 「生存は考えにくいわ。でも……彼の機体だけでも、とてつもない価値がある。だからこそ、信頼できるあなたに回収をお願いしたいの」 「……了解しました。すぐに準備を整えます」 神楽は微笑む。 「ええ、お願いね。……それと、もう一人、連れて行ってほしい人がいるの」 神楽はもう一枚の書類を差し出す。 「……輸送部門の、この男を? どうして?」 「彼が最初に救難信号を発見したのもあるけど……ちょっと気になることがあってね」 「気になること?」 「詳しくは調査の結果を待つわ。でも彼を同行させた方がいい気がするの」 青龍は書類に書かれた名前を見て、一瞬目を細めた。 「この名前……」 神楽もその名を見つめ、微かに眉を寄せた。 しかし、神楽はすぐに考えを振り払うように微笑んだ。 「まぁ、偶然かもしれないけれど。とにかく、よろしく頼むわ」 ――― 「青龍様、応答願います!」 通信の声が、青龍の意識を現実へと引き戻した。 「こちら青龍だ。どうした?」 「調査機TY-05です! 先ほど発見した機体ですが……未だに稼働しているようです!」 「…何?」 「移動は不可能なようですが、機体内部で何かを作動させている形跡があります!」 「…わかった、すぐに向かう。全調査機は機体から一定の距離をとり、待機せよ」 「了解しました!」 青龍は静かに息を吐き、操縦桿を握り直した。 「(60年以上前の機体が、まだ動いているだと…?)」 ――― 「……あれがそうか」 前方に浮かぶ機体は、四肢が大破し、装甲には無数のヒビが刻まれていた。 「……なるほど、確かに内部から光が漏れているな」 青龍は通信を開く。 「こちら青龍だ。全調査機、防衛システムを起動し、待機せよ」 「「了解」」 青龍は自らの機体で、問題の機体の装甲を引き剥がした。 露わになったのは――冷却永眠装置の中で眠る、一人の男だった。 「……これは……まさか……」 青龍は息を飲み、即座に指示を出す。 「こちら青龍! この機体を直ちに回収し、本部へ戻る! 急げ!!」 ――――― 神楽は、調査報告書に目を通していた。 「まさか、機体の中で眠っているなんてね……」 神楽が呟くと、向かいに座る青龍が静かに頷いた。 「えぇ、私も最初に見た時は驚きましたよ。何でも、機体の冷却システムを使って作った自作の装置らしいです」 「冷却永眠装置の自作……天下無双の大将軍と言われていたのも納得ね……」 事実、通常の冷却システムと冷却永眠装置はまったくの別物だ。それを自作し、ましてやろくな設備もない環境下で完成させたとなれば、驚愕以外の何物でもない。 神楽は報告書を閉じ、青龍に視線を向けた。 「彼は、まだ目覚めないの?」 「残念ながら、まだですね。装置から出してもう一週間経ちますが、いまだに昏睡状態のままです……。しかし、まさか装置のロックを解除する鍵が彼だったとは驚きましたよ」 「身内のDNAにのみ反応する特殊な鍵……やはり彼を連れて行かせて正解だったわ」 神楽は机の上の一枚の資料に目を落とす。 「名前が一致した上に第一発見者となれば、何か関係があるかと思ったけれど……まさか本当に彼の曾々孫だったとはね」 青龍は軽く肩をすくめ、苦笑した。 「まぁ、オンドリオなんて苗字、この宇宙を探せばいくらでも見つかりますからね。反対に、彼がうちに所属していたなんて、奇跡みたいなものですよ」 神楽は微かに微笑むと、問いを続ける。 「その彼は、今どこに?」 「今はサードさんのそばにいます。小さい頃に両親を亡くし、天涯孤独の身でしたからね。初めて会う身内の近くにいたいのでしょう」 「……そう」 神楽の表情がわずかに曇る。 彼――改め、ヴォルク・オンドリオの気持ちは痛いほど分かる。 神楽自身も幼い頃に両親を亡くし、天涯孤独の身となった過去を持っているのだから。 「今はそっとしておいてあげ――」 その時、扉が勢いよく開き、一人の男が駆け込んできた 青龍は鋭い目を向け、駆け込んできた男に問いかけた。 「ノックもなしにどうした? 何かあったのか?」 モブDは荒い息をつきながら答える。 「そ、それが……例の男性が目覚めたのですが、起きるなり急に暴れ出しまして……。どうやら記憶が混乱しているようなんです」 青龍はモブDの顔に残る殴られた跡を見て、眉をひそめた。 「今、数人がかりで押さえていますが……いつまで持つか……」 「分かった、私が行こう」 そう言いかけて、青龍は神楽に視線を向ける。 「神楽様、少し席を外します」 しかし、神楽は静かに立ち上がった。 「いえ、私も行きましょう。彼とは少し話したいこともありますしね」 ―――――― まるで嵐が通ったかのように荒れ果てた病室――。 床には倒れた医療機器や破れたシーツが散乱し、壁には殴られたような痕が残っている。どれだけ暴れたのか、一目で分かった。 そして、その病室の中央では、数人の屈強な男たちが彼を羽交い締めにし、必死に押さえつけていた。 ヴォルクは病室の隅から、不安げな表情で彼――サード・オンドニオを見つめている。 青龍はその光景に目を細め、低く呟いた。 「目覚めてすぐでここまで暴れるとは……すごい力だな……」 青龍の姿に気付いたサードは、突然、激しく怒鳴り始めた。 しかし、その言葉は異国の言葉らしく、意味がまったく分からない。 「おい……お前、何を言ってるか分かるか?」 青龍はモブDに尋ねたが、モブDは首を振る。 「いえ、分かりません……今、翻訳できる――」 「これは……60年ほど前に滅びた王国の言葉よ」 静かに響いた神楽の声が、モブDの言葉を遮った。 彼女は前へ進み出ると、サードの目をまっすぐに見据え、同じ言葉で語りかける。 その場にいた者たちは驚き、ただ見守るしかなかった。 サードは最初こそ警戒を見せたが、神楽の言葉を聞くうちに次第に落ち着きを取り戻し、やがて大人しくなった。 しばらく会話を続けた後、神楽は静かに言葉を切り上げると、そのまま足早に病室を後にした。 「今のは一体……」 「何を話したんだ……?」 病室内にいた者たちは、ざわめきを抑えられない。 青龍は一つため息をつくと、低い声で一喝した。 「お前ら、いつまで野次馬をしているつもりだ? さっさと持ち場に戻れ!」 一瞬で室内が静まり返る。 「怪我をした者は医務室へ行くように。それと、そこのモブE!」 名を呼ばれたモブEがビクリと肩を震わせる。 「神楽様がおっしゃった国の言葉について、情報部に問い合わせてこい。さあ、さっさと散れ!」 青龍の命令を受け、モブたちは慌ただしく動き出した。 その後のサードは、驚くほど大人しくなった。 リハビリや日常生活のための学習に精力的に取り組み、わずか二ヶ月の間に片言ながらも会話が成り立つほどの成長を遂げていた。 青龍は感心したように呟く。 「医者も驚いていますよ。長い間寝たきりだった人とはとても思えないらしいです」 「それも将軍たる所以なのかしらね……」 神楽は微笑みながら、ふと気になっていたことを尋ねた。 「そういえば、例の機体はどうなったかしら?」 「報告によると、修理はほぼ完了したそうです。しかし、なにぶん古い機体のため、完全に元通りとはいかず……」 「仕方ないわね。あの機体が造られたのは、随分昔のことだし。とにかく、修理が終わったら、彼に速やかに返却してください」 その時、執務室の扉が勢いよく開いた。 青龍は思わず顔をしかめる。 「……またお前か! 今度はどうした!」 息を切らせながら駆け込んできたのは、先日と同じモブDだった。 「そ、それが……サードさんがヴォルクさんを連れて、基地を出て行かれました!」 「何!? まさか、あの機体を動かしたのか!」 「はい……作業員たちの制止も振り切って、無理やり乗り込んで……。最後に、こちらの手紙を神楽様にと……」 神楽は黙って手紙を受け取り、中身に目を通す。 そして一通り読み終えると、クスリと微笑んだ。 「元々、彼は四獣の所有物ではありませんし……。機体も無事に修理されたなら、もう大丈夫でしょう。一応、ヴォルクさんと連絡が取れたら、お目付け役に任命するとだけ伝えておいてください」 「は、はい! 分かりました!」 モブDは慌てて執務室を飛び出していった。 ―――――― その後のサードの行方については、ヴォルクから定期的に報告が届いていた。 宇宙各地の戦場や闘技場、紛争地帯――どこへ行っても彼の名は噂になり、その圧倒的な力を目にした者たちは皆、恐れと畏敬の念を抱いたという。 だが、彼が何を目的に戦い続けているのか、それを知る者は誰もいなかった