ログイン

『耀ける蒼の宝石騎士』サフィール・コーラルハート

 これは遡ること、数年前の記憶――。 ―――― ―― 「お、おにいさまっ!サフィおにいさまっ!まって、待ってください!」  綺麗に刈られた芝の上を、蒼髪の少年がしかめ面で歩いていた。その後ろから、珊瑚色の髪をふわふわと揺らしながら追ってくる小さな影があった。運動が得意ではないのか、覚束ない足取りで走ってきているようだが、少年は見向きもしない。ようやく、小さな影が少年の近くに迫ってくると、彼は大きなため息をついて、ようやく影に向けて振り返った。 「ルビィ。言ったはずだ。王女たるもの、常に淑女たれと。大声をあげて、走り寄るなど王女のすることではない」  彼は小さな影に向けて、氷のように冷たい言葉を吐いた。その言葉に小さな影――、王女ルビィは一瞬びくっと体を震わせた。それでも、桃色の小さな唇から声を絞り出し、諌めてくる兄へと謝罪した。 「ご、ごめんなさい……!でも、おにいさま……これ……」  おずおずと差し出された小さな手のひらの上には、上品な刺繍の入ったハンカチが乗っていた。そこには秀麗な筆記体でSというイニシャルが刻まれていた。 「おにいさま、忘れ物を……していたので、わたし――」 「――ルビィ」  声とともに、少年が少女の元へとゆっくりと歩み寄る。かさ、かさ、と芝を踏みしめる音が徐々に近づき、ルビィの目の前で止まった。彼女は尊敬する兄から褒められると思い、ぱあっと顔を明るくし、視線をあげたが、 「なるほど、お前は私を貶めるためにわざわざ来たのか」 と、少年は不機嫌そうな顔でルビィを睨んでいた。 「――え?お、おとしめ……?」 「普段、『王族たるもの完璧であれ』と厳しく言っている私への当てつけか。……幼稚な真似を。ああ、完璧主義の私が『たまたまハンカチを忘れた』ことが、さぞ愉快に映ったのだろうな」  少年の言葉こそ冷静だが、その中から漏れ出す、突き刺さるような悪意にルビィは気圧されてしまう。 「ち、ちがっ……!わたし、おにいさまに喜んでほしくて……!」 「喜ぶ、だと?ならば使用人に頼み、ひっそりと見えぬところで渡すべきだろう。見ろ。使用人共が私たちを道化を見るかのように見つめている。お前のちっぽけな喜びのために、私は辱められたのだ」 「そ、そんなっ……!ち、違うんです!わたしはただ――」 「黙れ愚妹。だがまあ、届けてくれたことには感謝しよう。……どうだ?これで『満足』したか?……二度と『余計な真似』をするな」  蒼き少年はそう冷酷に突き放すと、少女に一瞥もくれずに去っていった。残された紅玉の少女は、「そんな、つもりじゃ、なかったのに……わたしは、おにいさまによろこんで欲しかっただけなのに……うっ、ううう……ぐすっ……」と涙を溢れさせながらその場に座り込み、視界から消えるまで目で兄を追っていた。  ――これが、宝石騎士サフィール・コーラルハートがルビィを『いないもの』として扱うようになるキッカケであった。