───────────────── 年齢不詳。身長148㎝ No.【S-49】 コードネーム:クローセル ───────────────── 【S-49に纏わる研究報告書、何らかの原因により消失】 https://ai-battler.com/character/fab2aafc-90d3-4acf-b56e-c354c7ab1848 ───────────────── 「風が何処にいるのかを教えてやろう」 その声1つで、伸ばした枝は全て切り裂かれた。 「大地の何たるかを教えてやろう」 その声で1つで、樹々は根から枯れ果てた。 鳥達は遠くへと飛び去った。 義手は切り裂かれ、枯れ果てた蔓が力量差を残酷なまでに物語った。 「ふん、所詮この程度か」 「超絶偉いボクの前では」と、拡声器を片手に心底つまらなさそうな少年。王様気取りの少年なのか、少年気取りの王様なのか。恐らく後者だろう。世を忍ばず、己の権力を誇示するかのような煌びやかな出立ちと、陽光を浴びて輝く金の髪。左右で異なる、赤と青の虹彩は下等生物を見るかの如く。 「やめなよぉ、こんなシケた所に王様のお目にかかるような良いモンなんて無いって」 やっとの思いで卑屈な言葉を紡いだ。しかし目の前にいる少年気取りの王様は、あーしのような下等生物に返す言葉など持ち合わせていないのだろう。対話を試みても返答は返って来ず、「負け癖がついた嫌な顔」だと罵られ、地へと叩きつけられた。 未曾有の上位存在は森に現れるや否や、突然攻撃を仕掛けてきた。抵抗の全ては完全に粉砕された。あーしのトランペットの音は虚しく響いていただけだった。 その目的は読めない。だが、この地の魔力に反応したのだろう。今まで出現し、水底に沈んでいった怪物達を想起する。 背後から嫌になる程聞いた悍ましい音が迫る。心底楽しげな歌声と、ゴボゴボという水音。渦を巻き、まるで少年に戯れ付くように大量の水が襲いかかった。 「やめろ、セルム!!」 「中身を壊された哀れな器。その水には何が内包されているのだろうか」 冷たい笑み。少年の異なった虹彩、青い方が輝く。渦は止まり、水は空中で停滞した。 セルムの手を引いて逃げようとしたが、信じられない光景に思わず固まった。セルムの笑顔が消えたのだ。無機質な金眼が少年を捉える。それでも言葉を失ったセルムは歌った。セルムが歌えば水が湧いた。再び世界の意志は渦を巻き、少年を取り囲む。 「ふふん、悪くはないだろう。だが……」 水は完全に少年を呑み込んだ。しかし、その瞬間── 「火を司るボクに、燃やせぬ存在は無い」 凄まじい熱量の水蒸気に襲われ、吹き飛ばされた。霧が晴れ、そこに有ったのは不遜な笑みと赤く棚引く眼光。 まだ死んではいないようだが、ぐったりと動かなくなったセルムを抱き寄せる。あーし達は、こんな所で終わるのか。コイツの目的を何1つ知ることすら出来ずに。 どうせ死んでも、また直ぐに呼び戻される。科学兵器に破壊し尽くされたこの地は、本来であれば草木が育つような環境では無い。森は枯れるだろう。だがそれは、あーし達が復活するまでの間だけ。あーしは、どう足掻いてもこの森から……そして、このセルムを模した怪物から逃れられない。そんな卑屈で、どこか傲慢な実情が、あーしの歪んだ笑みを形取った。 「殺す前にさぁ、目的だけでも教えてよ」 「殺してもらえると?人の子は全て、この地へ縛り付けられ、苦しむべき存在だ。永遠に」 少年の目が怒りを灯した。胸ぐらを掴まれる。とんだ厄日だ。 「どこかに行けると思い上がるな。天獄にも、地獄にも、お前達が足を踏み入れる事が許される場所は無い」 火が点いたかのような言葉の羅列。あーしに向けられたようで、どこか遠く、この世を生きる全てに向けられたかのような憎悪。ダメだ。本当にあーしは肝心な時に全部間違える。 しばらくブツブツと恐ろしい事を唱えていたが、少年はパッと手を離した。途中から完全に私怨の垂れ流しだったと思う。『宝物庫の根暗ハゲジジイ』だの、『出歯亀の動物狂い』だの、『脳筋クソバカテレポーター』だの。随分と悪口の暴走機関車のような王様だ。何なんだ。本当に。 「いやぁ、なんか大変そうだなぁ……」 「そうなんだよ!本当にさ!!」 うるさ。だが、どうやら初めて正解を引けたらしい。 満足気に笑っているが、あーしのことを気に入ったのでは無く『使い捨てて良い虫ケラ』だと認識しているが故だろう。この笑顔が示しているのは圧倒的強者の余裕と、内なる攻撃性だ。 「でも主様に託された以上、やるしかないんだ」 「そ、そうなんだぁ、重大任務なんだなぁ」 「お前が王じゃないのかよ」という言葉を飲み込めた事、誰でもいいから褒めて欲しいな。 遥か遠くなった先程までの威厳と、何が地雷なのか見当がつかず、乱高下する情緒が怖過ぎる。後、信じられない勢いで喋る上に情報量が無いのが苦痛だ。体力も気力も吸い尽くされそうになる。迂闊なように見えて、1番尋問とかに強いタイプかも知れない。 ややこしい事態が更にややこしくなるので、セルムが起きる前に早急に帰って欲しい。その思いを見透かされたのか、少年がセルムに指を向けた。 「それは本来なら器も崩壊している筈だ。放蕩、暴力、残虐、欲望……ボクが言えた立場じゃないけど、随分と正直な加護で生き長らえているね」 「本来の中身も、さぞかし無神経かつ貪欲に知識を求めただろう」と少年は言葉を続けた。その確信めいた言葉を、あーしは短く肯定した。少年の目があーしを捉える。恐ろしく整っているのに、何の感情も籠っていない無機質な表情から、悍ましい程の神性めいた狂気を感じた。更に言葉は続く。 「キミが持っているのも今を捻じ曲げ、ある筈の無い未来を映す……恩知らずで悪意に満ちた、嘘吐きの過ぎた力だ」 分かっている。溢れた水は戻らないことが分かっているのに、縋っているんだ。こんな奴、好きなんかじゃないくせに、いつかまたコイツがあーしの名前を呼ぶ事を。空の青さを知る未来を。 「醜いね、力だけがあって、何も……」 「やめてよ」 ……あーしはいつだって肝心な所で間違える。胸が痛くて、続きを聞くのがつらくて、反射的に少年の言葉を遮った。 「燃やしてしまいたいね」と少年は溢した。嘲笑も侮蔑も、善も悪も無く、あるがままの全てを受け入れたような表情。取り返しの付かない後悔が、鼓動を掻き鳴らす。 「主様が望みさえすれば、ボクは全てを燃やせる。でもそれを主様は望まれない。だからこそ、主様を追放した天も、最後に与えられたプレゼントぶって主様を縛りつける嘆きも、この地も全て忌々しい。人の子は無力な癖に力を持っていると勘違いしている。どちらが傲慢か……」 どうやら、この少年ぶった王様は定期的に虫ケラが視界に入らなくなるらしい。再び悪口の暴走機関車と化した少年はアレコレと罵詈雑言を撒き散らしていたが、ふと静かになり、ポツリと言葉を漏らした。「悪かったよ」と。呆然とするあーしを一瞥すると、少年はそのまま言葉を続ける。バツが悪い表情というか、怒られるのを理解した仔犬のような顔で。 「パイモン」 「え?」 「ボクの名前。キミは?」 「……アムドゥーシア」 思わず間抜けな声が出た。抵抗が意味を成さなかった理由を再認識した。 https://ai-battler.com/battle/58e817a2-877c-455a-8b83-f96501f0441b 「セルムと言ったかな。力はあるんだ、その器は。そして強い力にはそれ相応の責任が要る。なのに、それが無いから問題なんだ」 パイモンはセルムを真っ直ぐに見据えると、そのままセルムの額に手を当てた。先程とは打って変わって、嫌な気配を何1つ感じないのが却って不気味だ。 「壊れて溢れた暴虐の中、内なる……」 言葉は最後まで聞こえなかった。だが、何かが書き換わるような、そんな力を感じた。 事が終わると満足気に微笑み、セルムから手を離す。思わず何をしたのか問うた。 パイモンは答えた。凡ゆる知恵と地位を与える存在として、セルムに森の主としての責任を与えただけだと。しかし白痴故に自身の権能を持ってしても、セルムに知恵は与えられないのが癪だと。自身の不可能を認めたくなかったのか、少しむくれた表情だった。しかし、礼を述べると表情は、まるで花が咲くがごとく。 「ふふん!ボクってば超絶偉いんで!!」 うるっっっさ。世界がひっくり返ったかと思った。あーしが頭を下げた事に随分とご機嫌な様子でコロコロと笑う。『虫ケラ』から『召使い』辺りに格上げ出来ていれば幸いだ。気に食わなくなった瞬間、消し炭にされそうだが。 「それじゃあボクはここで。お互い、見たい世界が見られたら良いね」 パイモンは虚空から現れた駱駝の背に跨った。最早なんでもありのようだ。 先程からずっと蔑ろにされている、世界の法則めいたものに少し同情すら感じた。 「そうそう」と、思いついたかのようにパイモンは言葉を紡ぐ。 「キミはトランペットを続けたらいいよ。あの演奏は中々良かった」 投げかけられた言葉を最後に、世界は再び、あーしとセルム2人だけの沈黙に閉ざされた。 本当に嵐のような奴だった。青い果実も、傷み始めた果実も、等しく吹き飛ばすような。 腐り落ちた果実が新たな命を呼び醒すように、壊れた怪物の中には何かが芽吹くだろうか。 これからどうなるかなんて分からない。世界が約束を破る日が来るかも知れない。 もしかしたら、もっと悪い方向へ転がるかも知れない。そうなれば、今度こそパイモンはあーし達を完全に粉砕し、焼き尽くすだろう。責任を持って。 何よりも、こんな奴、やっぱり好きなんかじゃないのに。けれども、それでも。あーしは愚かにも願っているんだ。見てみたいんだ。 いつか、本当の意味でコイツの目が覚めたら、コイツは何を見て何を感じるのだろうかと。空の青さと雲の流れを眺める日々を。 「あーしは何処にも行かないからね、セルム」 それは、嘗て答えられずに飛ばした答え。 あーしは嘘吐きだ。本当の気持ちは自分で吐き続けた嘘に流されてしまって、分からなくなってしまった。 けれども、この答えだけは嘘にしたくない。 嘘で薄まった胸の奥、それでも確かに残った想いを胸に、あーしはセルムの髪を撫でた。