※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 Nine Sins―Greed 【強欲纏綿】 汝、欲を恐れる事勿れ。 汝、欲を捨てる事勿れ。 汝、欲を忘れる事勿れ。 汝、欲を拒む事勿れ。 汝、欲を憎む事勿れ。 汝、欲を忌む事勿れ。 欲は汝の心より生まれ、汝の頭に付き纏う。 逃れよう等と甘く見通すのは無駄な努力なのだ。 ────────────────────── 「……ひどい臭いです」 強欲の区画へ進んだあなたとロメルは、あまりにも悲惨な光景を目の当たりにして顔を顰めた。区画内の空気が腐ったかのような臭気は、ねっとりとしたベタツキを以てあなたの鼻へ纏わりついて鼻孔を穢す。 この区画もかつては美しい場所であったのだろう。降り注ぐ朝日が木漏れ日を齎し、鳥と虫の音が響く静かな森に囲まれた水の透明度は鏡の様に泉の中に逆さまの森を映していたに違いない。 息を吞む程の絶景ながらも、踏み入る事すら憚られる禁足地めいた厳かな空気は息を詰まらせるかもしれない。 だが、それはもう過去のモノ。 そこにあったであろう美しい光景は無い。 あるのはひたすらにゴミ。 ゴミ、ゴミ、ゴミ。 ゴミの山。 打ち捨てられた道具、古びた家具、細々とした品々。そして、あとはゴミ。人の営みから発生したゴミが、汚い油と塵を伴って水面に浮かんでいる。 それらは泉だけに留まらず周辺にまで著しく広がっており、そうしたゴミによる汚染が森の木々を枯らし、草の絨毯を剥ぎ取られた地面が臭気を漂わせている。 一つ前の区画は生物の気配こそしなかったものの、広大なサバナ気候が織りなす大自然の芸術だけに、この区画の酷さがより鮮明にあなた達の視界に焼き付く。 鼻に絡みついてくる臭気をあなたは無駄だと思いながらも、反射的に払いながら周囲への警戒を怠らない。二つ前の虚飾の区画では虚王は座して待っていたが、ここの区画の主がそうした手合いとも考えられない。 だがその想定に反し、ゴミで埋め尽くされた泉から浮かび上がってきた何者かはあなた達を見据えると、まるで歓迎するかのように両手を広げる。 「やあやあ、この強欲の区画にようこそ!」現れた女の笑みは貼り付けられたかの様な不自然さ。「私がここの主であり、この泉の神! 当然個体識別名など無いが……貼り札(ラベル)に則って“欲望の女神”と名乗っておこうか」 狂気を孕んだ抑揚の女神は(ガクンと)機械的な印象を覚える動作で腰を折ってお辞儀をする。 女神つまりは神、ここに来て色欲の区画以来の登場にあなたは自然と身構えるの無理はない。格に大小あり、権能にも差異あれど、須く神とは人の常識や理屈などを遥かに超えた存在である。 言わば、不条理の体現であり神秘の象徴。 言うならば、ご都合主義の塊であり機械仕掛けの舞台装置。 真面に戦えば勝ち目はない。 小細工を弄することすら無意味。 それこそ祈りに任せるか、別の神の御稜威を盾に戦うか───どちらにせよ神頼みあって初めて戦闘が成立する。 神とは本来そうなのだ。 生物の身で戦うなど荒唐無稽も甚だしい。 「おやおや、随分と顔色がよくない様子。ここは強欲の区画、満ち溢れる人の欲望が棄てられた場所───嫌悪する理由が分かりませんね」 女神は気味が悪い笑みを貼り付けて首を小刻みに揺らす。 「その内面に数え切れぬ欲を飼っているのでしょう? 常に欲に駆られて欲を出しているのでしょう? 隠す必要はない、何故ならここは強欲の区画なのですから」 女神の声に呼応して泉の中から浮かび上がる無数の人形たち。それはゴミや廃材などで組み立てられた、あまりにも粗末で悪趣味なデザインの産物たち。 「さあ共に欲を謳歌しましょう! 欲に塗れて、欲に溺れましょう! たっぷりと浸かりましょう、この“欲槽”に───あぁリコールは勘弁願いますよ?」 ♫グリードワールド! グリードワールド! 欲に塗れたこの世界! あいつもこいつも そいつもどいつも 欲塗れ! ♫グリードワールド! グリードワールド! 何て素晴らしい欲の数 あっちもそっちも こっちもどっちも 欲ばかり! ♫誰かの為とか 便利の為とか 繁栄の為とか発展の為とか 進歩の為とか進化の為とか 欲を小綺麗な言葉で隠すのか! 素直になれ 本心を曝け出せ 自分だけが良けりゃOKだろ? そうなんだろう? ♫他者は顧みません 《だって他人だし?》 環境のことも知りません 《これぐらい些事だし?》 どうなろうがどこ吹く風 それで良いんだぜ そうさ行こうぜ どこまでもッ! ♫グリードワールド! グリードワールド! 欲に素直に生きていこう! 誰かが死んでも 自然が腐っても 関係ない! ♫グリードワールド! グリードワールド! そうさ欲は止まらない! 今日も自然が死んでいっても! 関係ないッ───ハハハッ!! 人の行い悪しざまに嘲笑し揶揄した歌を歌い上げた女神の狂笑と共に、彼女が泉から浮き上がらせた醜悪な人形が粉々に砕ける。 さながらゴミの花吹雪。 ちっとも楽しくないミュージカル。 だからこそ、彼女の歌詞に怒りや呆れを感じてしまうことが───“その不満は自らの欲をひた隠しにしたい現れだろう”と言われているようでもある。 「さて、それでは愉快な選択の時間です。こちら二つの斧、貴方はどちらを選びますか?」 女神の両手には二つの斧。 一つは金に塗られた重厚そうな斧、もう片方は薄い刃が特徴的な銀色の斧。 「人生とは常に二者択一。この強欲の区画では常に貴方は選択を迫られます。まずは手始めに私が使う武器を貴方に選択して頂きます」 女神の貼り付けられた笑みがあなたの選択を待つ。 だが、あなたは女神の問うた内容よりも彼女の問いかけ事態に引っ掛かる。 何故なら変な話であるからだ。 強欲、それを冠しているならば───両方使えば良い。 二つの内の一つを選ばせる、と言うのは強欲のテーマからは少々乖離しているのではないのか。 無論、単純に女神の自信の表れ、と言われればそうなのかもしれない。しかし、それで片付けられる程にあなたの心に立ち込めた疑念の靄は晴れてくれない。 「あなた様?」ロメルが心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。「選択にお悩み……という訳ではなさそうです。何か、あの女神様に思う事でもあるのでしょうか」 “……いや、何でもないさ。さて、どちらを選択しようか”あなたは一先ず己の中にあった疑問を置いておき、目の前の問題に取り掛かる。 「即決して欲しいですね。何故なら、運命は選択は貴方を待ってくれないのですから。さあ、この一撃必殺の金斧か回避不能の連撃を繰り出す銀斧か、さあ選択なさい!」 女神から発破をかけられて、あなたは考えを巡らす。一撃必殺にしろ回避不能にしろ、どちらも選びたくないが───まだ回避の余地が残されている金斧を選ぶのが良い選択かもしれない。 「金斧ですね。ああ、何とも悪い選択ですね」 金斧を手に取る女神は(コクリと)首を傾けながら、笑う。その煌めく刃があなたとロメルを映した瞬間に、女神は泉から飛び出した。 間一髪、素早く飛び込むようにして避ける。あなた達が居た場所へ振り下ろされた金斧の一撃は大地を簡単に砕き、ゴミ屑と共に大量の土くれを雨の様に降らす。 立ち込める砂煙の奥で(ユラリと)体を傾ける女神の姿を凝視しながら、あなたは彼女に打ち勝つための作戦を考えようとするが─── 「【強欲纏綿】───さあ惑え、さあ迷え、欲は常に貴方の心を蝕んでいるのですから」 女神の言葉が響いた刹那に、あなたの思考は欲で埋め尽くされる。 強くなりたい。 名を馳せたい。 富を求めたい。 認められたい。 そうした常日頃から心の奥底で眠っている欲望の数々が絶え間なく湧き上がってくる。 それがあなたの迷いと化し、あなたの動きに僅かな歪を入れる。その隙を見逃さずに女神が斧を振り上げて襲い掛かるが、ロメルの砂がそれを何とか防いでくれる。 だが、ロメル自身も膨れ上がった欲に惑わされて満足に動けていない様子。 「無駄な足掻きです。欲望の前に人も生物も抗えない」 “……確かに欲望は常に私たちを惑わそうと息を潜めている。でも、でもですよ───人はその欲を抑える事が出来る” 「戯言はやめなさい。この区画を見なさい───全部全部全部、人の欲望に、強欲な者達によって壊されたこの区画を! 欲望は決して止まらないッ」 “貴方は人の悪い側面ばかりしか見ていない、いや悪い側面しか見せられなかった、そうあるように物語を歪められた。だからこそ、ここに示す───欲に惑い操られるばかりが人間じゃないことをッ” 欲を振り払い、あなたが放った一撃が女神に傷をつける。 「そんな馬鹿なッ!? 人間如きが欲を振り払い、あまつさえこの女神たる私に傷をつけた!?」 「女神? いいえ、貴方はもう女神ではありませんよ」 困惑する女神にロメルが静かに告げる。彼女もまた欲望をしっかりと抑え込んだようだ。 「貴方はもう女神というには余りにも零落しています。本来あるべき姿も役目も忘れている。神というのはシステムの一つ、不具合をバグを起こしたシステムに正常な力は宿っていません」 「貴方如きに何がわかるのですか」 「わかりますよ、私はワルキューレです。ワルキューレもまた神でありながら、私たち終戦乙女は神格を著しく落とした神──貴方と似ているのですから」 その言葉に女神は怯む。その隙にロメルの砂が彼女の足へ纏わりつき拘束。 「あなた様、ここはお願いします」 ロメルの言葉にあなたは駆ける。 最後の足掻きと言わんばかりに惑わせに来る欲を振り払い、今、光らせるは終の一撃。 歪められた物語には終止符を。 堕ちた神には機能の停止を。 磨き抜かれた一撃が女神の体を穿った。 「人間如きに……この、この私が──!!」 笑顔を貼り付けたままの女神の全身にひびが入ると、彼女の体はまるで硝子の様に粉々に砕け散る。その最期も元が神とは思えない程にあっけなく、哀れで物悲しい結末であった。 「……貴方が何故そのように欲に塗れてしまったのか、私には分かりません。ですが神格すらも堕としてしまう強欲という罪の恐ろしさと、欲に惑わされてはならない強い心をしっかりと学ばせて頂きました」 ロメルは頭を下げる。 主を失い、変わらぬゴミで埋め尽くされた泉とその森。 あなたとロメルは次なる区画へと進むが、それらが残された醜悪な光景は鮮明なまでに記憶へ焼き付くと同時に、心の中に残る蟠りは“次なる火種の様に”燻ぶりを見せていた。