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全盛期の魔王

 全盛期の頃の先代魔王  彼は生まれながらに非力であった。彼には魔法の才はおろか、一切の魔力すら持たず生まれ落ちた忌子である。  魔族とは、魔を冠する種族である。魔族は生まれながらに他の種族を圧倒する肉体と魔法の才覚を持って生まれる、極めて脅威的な存在である。  魔族は己の肉体を鍛えない、否__鍛える必要性が無い。元から強靭な肉体を持つ彼らにとって鍛える行為とは、非常に馬鹿げたものである。  彼らにとっての存在価値を示す手段は至って単純、己の魔法の優劣のみで決まる完全魔法至上主義である。  それは、遡ること原初の魔王暗殺を発端とした人間と魔族による長き古くからの戦争、五千年戦争に起因する。  そんな環境下で魔力を持たない少年"ユティーハート・センバル"に対する周囲の態度は冷たく、厳しいものであった。  至高なる頂き"魔王"、その嫡男として生を受けた少年は生まれた直後に母を失った、愛しき息子を守る為に母は命を引き換えに魔王と契約を結んだ、これから100年の間は息子の命と魔王の嫡男として地位を保証する事を承諾した魔王は愛しき妻を自身の手で殺害した。  魔族は契約を重んじる、素直で愚直で恐ろしいまでの現実主義者である。魔王は心が踊った、他部族を滅ぼした際の戦利品が、今まさに自分に縋りついて懇願しているのだ。己の服を引っ張るこの女が、いつもの鉄仮面が崩壊し涙を御して自身に頭を垂れるこの現実に心が満たされる。  「いいだろう、たった100年、すぐに殺す時が来るだろう」  魔王は笑う、嫌に歯を立てて笑う、安堵と悲壮にくれた我妻の顔を引き寄せる。  「その時は、出会えるといいな、お前の可愛いかわいい我が子にな」  魔王は笑う、契約は成立だ、この女は殺す、あのガキは生きたまま殺す。  震えた声が魔王の耳に届く、力強い声、芯の通った言葉が、魔王の耳元を突き刺す。  「100年後に笑うのは、貴方なんかじゃない…!」  「ほお、どういう意味だ…」  「貴方は強い……だけど、いつかは討たれる、必ず最後には無残に殺されて絶望に顔を歪めるわ…、その時に笑っているのは私の息子、ユティーだけよ!」  「おっと、手が滑った」  ___ズバッ……!  魔王の一撃が部屋の一角、赤子が眠りにつく揺籠を掠めた。母親は魔王を睨む、魔王は嘲笑う。  「まあ落ち着け、例えばの話だ、もし仮に不慮の事故にお前の息子が巻き込まれたとしよう、可哀想な事にそいつは死んだ、しかし契約は守られる。なんせ"殺した"んじゃない、勝手に死んだんだからな」  瞳孔が見開く、女は魔王の頬を叩いた、しかし負傷したのは女の方、砕けた片腕が悲鳴を挙げる。  「まったく、これだからお前らの一族は滅ぼされるのだ。膨大な魔力に比べて貧弱な四肢、加えて愚かにも魔法の才覚すら持ち合わせない下等種が…!」  「くっ……うっ…」  「魔族の中でも特異な存在であるお前の存在価値はただ一つ、俺を凌駕する程の魔力量。それがどうだ、魔力を扱えないどころかガキに関しては魔力すら無いときた、笑わせるな!」  魔王城内の魔力が揺らめき、洗練された魔力が女を切り裂く、肩から腑にかけて広範囲に、しかし浅く直ぐには死なない程度に撫で切った。  「かはっ……!、はァはぁハぁハアハァ」  「苦しいか?、ならば治療をしてやろう」  サッ、と魔王が手を振るだけで体から痛みが消えていき、傷口が蠢き塞がっていく。これが魔法、殺すも生かすも自由のまま、強者にこそ許された嗜好である。  「お前は弱い、いいかお前はどうしてそんなに弱いのだ?」  掴んだ首を強引に引き寄せる、苦痛に歪むその表情を凝視する。  「お前は殺す、これは契約だ。しかし、どう殺すかは俺の自由意思、お前を直ぐに殺すもゆっくりと殺すも俺次第だ」  「ウッ……好きに、しなさい…私がどう、なろうとも、私は…!」  喉を高出力の魔力が貫く、吐血し、苦しみ、意識が遠のくも魔法がそれを許さない。  「おーすまん、よく聞こえなかった、もう一度言ってくれないか?、それにいつ俺が喋っていいと許可を出したのだ」  「ァ"……ガッ…オゴ……」  「良い眺めだ、お前は良い女だ。心が強く、正義感に熱く、決して折れない女……心が滾ってしょうがない…ッ!」  魔王は大声を挙げて笑う、激しく血飛沫が飛び散り、床や壁を赤く染める。しかし、生きている、生きたまま弄ばれている。  「よい!、よいぞ!、興が乗った!」  無遠慮に床に叩きつけ力無き肉体から血が噴き出る、と同時にその身体を著しく修復させていく。  「殺すならば盛大に!、お前の愛する我が子の前で無様に死に体を晒しッ!!、死を恐れながら絶叫しろ!」  魔王は赤子の眠る揺籠に近寄ると、無造作に赤ん坊を握り締める。泣き叫ぶ赤子を床に這い蹲る瀕死の母へと向ける。  「見ろッ!、愚か者よ!、これがお前の母だ!、お前の馬鹿げた命を救った哀れな救世主の姿だぞ!」  ィ意識が……わ、が子の泣く…声…が、私を呼ぶ…声が……。  薄れゆく意識、呼吸は急速に浅くなっていく、心臓はほぼ機能していない。しかし、愛する息子の声が…心が…私を奮い立たせた。  魔王城に伝播する魔力の渦、魔王すら凌駕する魔力の塊が魔王の前にその瞬間だけは存在していた。  「私は…は、はおや……愛する我が子から、その汚らしい手を退けろッッ!!」  魔法なんて大層な代物ではない、純粋な"魔力量の暴力"が魔王の肉体を吹き飛ばす。そして魔力の渦潮が我が子を優しく包み込む、温かくその両手で愛する我が子を抱きしめた。今にも崩れ落ちそうな曖昧な存在を今だけはしっかりと抱きしめた。  「ごめんね、弱いお母さんで…ごめんね、貴方を守れなくて、ごめんね……」  涙が頬を伝う、しかし赤子の伸びた手がそれを止めた。小さくて柔らかい手、温かく優しくて……赤子が笑う、釣られて私も微笑む。  「ありがと、生まれて…きてく…れて……」  "ありがとう……!"  崩れ落ちる瞬間、母親は息子を強く抱きしめた。もはや何も感じない筈の両手でしっかりと……。  ____バタッ……!  長い沈黙の後、赤子の泣き叫ぶ声だけが魔王城を木霊する。失くした何かを探すように、亡くした母親を求めるように……。  「っ……油断、したとは言えど…ここまでの力が……」  魔王が意識を取り戻す、瓦礫の中から這い出るように姿を現した。亡骸となった女を睨む、そして恐れを抱いた瞳が赤ん坊へと引き込まれる。  「100年後に笑うのは私ではない、か……」  怒りが赤子を潰そうと襲いかかる、しかし魔法は不可逆的に逸れて床を破壊する。契約は完了した、誰もこの赤子を殺す事は出来ない。それが魔王であれ、神であれども絶対に……  「面白い、おもしろいではないか!」  魔王は不機嫌にそう呟いた、憎くて殺したくてどうしようもない感情に呑まれながら呟いた。  「100年後が楽しみだ、あぁ楽しみだ!」  魔王はそう、呟いた。 https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204