※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 「ほう、成程成程ねぇ……詳細不明の何某が九罪の箱庭へ入った、と……」 部下のワルキューレから齎された情報をコットは聞かされる。不愉快な態度を散々に振り撒いたメリーがやっとこさと帰り、一息ついていた彼女には寝耳に水。 そもチームⅡの技術を以てしても、強引にこじ開けるしか突破の出来なかった九罪の箱庭の結界を、何処の馬の骨かも分からぬ者に開けられるのか疑問だ。 最初は白面側ないしは韋編悪党側の協力者を誤認したと考えたコットだが、続く情報を聞かされた途端にその考えを改めることになる。 「……内部に配置されている九罪魔と戦闘をしている? んん、そもそもロメルと一緒に行動している、と!?」 驚愕の事態を聞かされたコットは常に浮かべる嫌味な笑みを消し、眼鏡の奥の瞳を困惑の色に変える。体内に電撃が走ったかのような感覚と共に、彼女は勢いの余りに椅子から飛び上がる。 「コット、落ち着こうか」 落ち着きがあり──何よりも気味が悪い程に冷静な声が響く。声の主は右目に嵌めた片眼鏡の位置を正しながら、淡々とした抑揚で続ける。 「見知らぬ客人がロメルと行動を共にし、あまつさえ九罪魔を倒している、これは僥倖と捉えるべきでしょうな」 「お詳しくお聞かせ頂けるかなぁ、方面指揮官殿?」コットは嫌味たっぷりの笑みを取り戻して尋ねる。 方面指揮官と呼ばれた終戦乙女──モルデはそうした嫌味を無視し、胡乱にも見える目でコットを見つめながら答える。 「今さっきに申したばかりですが……まあ良いか。端的に述べるなら、詳細不明の客人とロメルに九罪の箱庭攻略を肩代わりしてもらう。看過できない被害が出ている以上、無理な行軍は控えるべきかと」モルデは述べ終えると、掌を差し出してコットの決定を促す。 彼女の言うことはもっとも。 全体的な指揮権を持つラドレが不在な中、如何にチームⅢの利益の為と言っても限度がある。いたずらに兵数を消耗すれば、それだけ今後の作戦行動にも支障をきたすのは明確。 しかし九罪の箱庭の主である白面とやらが、こちらの撤退を素直に許してくれるのかと疑問は残る。 「白面とやらがロメルを連れ去ったのは何らかの理由があると見ていい。 「そんな彼女が九罪の箱庭から逃げる訳でもなく、むしろ奥へ奥へと進んでいる……さながら檻から逃げ出したとばかり思っていた鴨が、何故か己の元へ近づいているのが現状。 「この状況下でお邪魔虫はこちらだ。故に私たちが撤退の素振りを見せれば、白面は素直に応じてくれると考えられるだろう。 「後は展開次第で策を練ればよい。ロメルが死ねば目的は達成、白面が倒れたなら──彼女たちが九罪の箱庭を出た瞬間に叩いて処分すれば良い」 「……」 モルデの発言にコットはあからさまに不満な態度を示しつつも、否定する言葉が見つからない己の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。 これは今作戦において、各チームごとの腹づもりが一致していない事で生じている。 チームⅠはロメルがどの形であれ処分されればそれでよく、一方でチームⅢ側としてはロメルを自らの手で始末することが目的だ。 ロメルが白面の手によって殺されることだけは、是が非でも回避しなければならない。故に作戦の指揮権をコットが持っている以上、モルデの提案を無視して作戦を続行することは可能だ。 しかし、これ以上の損失を出す上に作戦遂行中の上級ワルキューレ───それもチームⅡ所属の連中が消滅でもすれば、メリーから何を言われるか分かったものじゃない。 「決断とは生もの、早ければ早いほど良い。どうするのだ、コット?」 モルデの言葉がコットの心をこれでもかと焦らせた後に、彼女は渋々といった表情を浮かべると近くで待機している部下へ伝える。 「九罪の箱庭内で作戦中の全終戦乙女達へ伝達しなさい。速やかに行動を中止し即刻撤退せよ、とねぇ……」 ────────────────────── さて一方、九罪の箱庭最深部でロメルを待ち受ける白面はモニターに映し出されている終戦乙女達の動向に違和感を覚える。 先程まで破壊の限りを尽くしていた彼女達が一斉に行動を停止しており、中には来た道を引き返す者も散見される。不審に思った白面が一部終戦乙女達の会話を盗み聞くと、どうやら撤退が命ぜられたようだ。 しかし、これまで多少の被害は無視して強行突破をしていた連中が何故このタイミングで方針を変更させたのか。意図が読めない白面は再度終戦乙女達の会話を盗み聞くも、彼女達ですら詳細なことを知らされてはいない様子。 可能性があるとするなら、向こうも招かれざる客人の存在に気付いた、か。 モニターに映るロメルと招かれざる客人“あなた”が暴食の区画にて戦闘をしている姿を横目に、白面は考えを巡らす。蒐集品の数々を破壊した彼女達をタダで帰すのは癪であるが、しかし下手にロメルと接触されるのも避けたい。それに連中が何を企んでいるのかにしろ、九罪の箱庭から撤退するなら気にする必要もない。 白面はそう結論付けると、九罪の箱庭内に張り巡らした術を一部解除してやる。あの力だけが取り柄の連中なら、その内適当に壁や天井でもぶち壊して逃げるだろう。 今の白面にとって重要なのはロメルのみ。彼女は複数のモニターを端へ追いやると、暴食の眷属を丁度倒したロメルと招かれざる客人を見ながら薄気味悪く笑った。 ────────────────────── 「中々の強敵でした」息を整えながらロメルが呟く。 二人の現在地は悲嘆の区画から暴食の区画へと変わっていたが、そんな彼らを待ち受けていたのは“あの牛亀”と戦闘をした時と同じ雰囲気の海岸。 唯一違ったことと言えば、砂浜に大量の牡蠣殻が散乱していたことぐらいだが、その光景を目にしたあなたはやはり何処か既視感を覚えていた。 そして現れたのは口から大量の腕を生やした奇妙で不気味なセイウチの怪物。飢餓に狂った瞳は爛々と輝き、口の中から生える腕はまるで生者を引きずり込む地獄の手もかくやに二人を掴もうとしてきた。 その巨体で砂を巻き上げながらの突進は脅威的で、ロメルによるサポートがなければ苦戦を強いられたのは確実。最終的にはロメルの放った流砂陥穽による拘束、その隙にあなたが一撃を繰り出す事で勝負は決した。 「……見覚えがあったのでしょうか?」 あなたの曇った顔を見たロメルが尋ねる。 「あの牛亀の時もそうでした。あなた様は彼らを知っている……かつて何処かで戦ったのでしょうか?」 ロメルの言葉にあなたは肯定も否定も出来ずに曖昧な返事をする。確かな違和感はある、だがそれに確信が持てないのも事実。 「……私も違和感を感じました。牛亀とあのセイウチの怪物……その両者には何か、こう……異物と言いますか、明らかに違う場所から連れて来られたのを感じます」ロメルはあなたの顔を見ながら続ける。「だからこそ、彼らが無事に帰れたのであれば、良いと……その方法は決して歓迎されるべきモノではありませんが……」 ロメルの言葉にあなたは頷く。外部から持ち運ばれたモノを殺す事で解決する、それは他者から見れば独善的な行為なのだろう。 元の場所に返してやらないと可哀そうだ、そう結論を導き出してしまうのも人の性なのだろう。彼らが本当にそれを求めているかは、それこそ彼らに聞かなければ分からない。 だが、それでも彼らに、歪んでしまった彼らの物語を正しく直せるならば足を止めてはいけない。 韋編悪党、正しき道から逸れて外れた道を───外道即ち悪道を進んでしまった異変の者たち。 この歪みで苦しむ者がいるなら、それを正してやらない訳にはいかないのだから───