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仙人

 仙人が一人、池の畔で座り込んでいた。  彼女は仙人、唯一この世で解脱を成し遂げた伝説上の人物。  彼女はこう告げる。  「はぁ?、私の過去?、聞いても面白くないよ」  数多くの人物が彼女のもとを訪れては弟子になる事を志願した。そして、その全てが例外なく悟りの境地へは至れなかった。彼女は一人、また一人と弟子の死を傍観する。不老不死となった己の及ばぬ地へと旅立つ者共を見送ってきた。彼女は孤独である、しかし浮世の常識は彼女にとっては無意味であった。  これは仙人である彼女の物語、それは昔々の物語……。  彼女は、生まれながらの異端児である。浮世離れの麒麟児、周囲はそう彼女を讃えては彼女の将来に期待した。  生まれた直後、彼女は疑問を抱いていた。  生後1か月、彼女は疑問を口にした。  生後半年、彼女は疑問を解決する手段を模索する。  一年が過ぎた頃、彼女は答えを見つけた。  彼女は理を握りしめていた、この世の果て無き最果てを見ていた。  5年が過ぎた頃、彼女は解脱の術を模索する。  10年が過ぎた頃、彼女は解脱の術を完成させる。  50年が過ぎた頃、彼女は仙法を編み出した。  100年が過ぎた頃、彼女は仙法の真髄"封印"を開発した。  1000年が過ぎた頃、彼女は自身を封印した。  仙郷という名の独房に籠り、更に2000年が過ぎた頃、彼女は久しく浮世へと足を運んだ。  ふと魔族の統治者なる魔王の存在を耳にした。  踏み入れたのは魔王城、夜中の月明かりに照らされて無断に踏み入れた折、とある少女と目があった。  「いらっしゃい、ようこそ魔王城へ!」  仙人たる彼女は内心驚いた、目の前にいる魔族は仙人が魔王城に来る事を知っていたかのように微笑んだ。  "原初の魔王"、彼女との初めての邂逅である。  「ねぇ、仙人さん!」  「ん〜、なんだい?」  ここは魔王城、何度も二人は顔を合わせてはテーブル越しに会話する。仙人は口を付けていたカップから顔を上げた。  「仙人さんは、どうして仙人になろうと思ったのですか?」  「そこ聞く?、不老不死になる方法とか、弟子になるにはどうしたらとか、どうしてそんなに可愛いの?、とか他に聞く事があるでしょ」  しかし、仙人は答えた。  「あまりにも世界が小さすぎたから、かな……」  「世界が……ですか?」  「なにも物理的な話じゃないよ。私は、生まれ落ちた瞬間から疑問に思っていたんだ…この世界は未だに不完全で、脆弱だと……だから私は完全な世界を見てみたい、この目で見届けたいと思ったんだ」  不意に仙人は手に持ったカップを高らかに掲げる。  「私の生まれた時代にはこのような品は一切無かった、それにこのクッキーという素晴らしい菓子もね」  そう言って仙人はクッキーを口に放り、咀嚼する。チョコチップとクッキー生地の歯応えが最高だ。  「ほんの3000年程度で世界の文明は著しく発展を遂げてきた、私はその行く末を見てみたい!、味わいたい!、感じてみたいんだ!、きっと世界は更に面白さで満たされていくはずさ!」  「……だから仙人になった、と?」  「私にとって不老不死とかは手段でしかない、目的を果たす為に必要な下準備のようなものかな」  世界はさらに大きくなる、仙人たる彼女はそう告げた。  それから暫く、否__数十年後ぐらい経ったとある日の事、彼女は訃報を耳にする。  原初の魔王が死去した、いや殺されたのだ。初代勇者による暗殺騒ぎ。人間と魔族は争い合っていた、血で血を洗う、そんな惨劇、そんな結末。  仙人は一人、菓子を頬張った。魔王との日々を回顧しながらも、世界は素晴らしい程に回り続けている。  一粒の涙、頬を伝う……。  仙郷に引き籠もって何千年が経っただろうか、彼女は風の噂を耳にした。  魔王と勇者が結ばれた、と……。  長きに渡った戦争にとうとう終わりが見えてきたのだ。  この結末に仙人は一人、腹を抱えて笑っていた。  仙人はカップに入った紅茶を飲み干した、今は亡き友と祝杯を交わした。  その後に件の魔王と、その妻である勇者のもとを訪れる機会があった。  仙人は、脳筋な魔王に少し困惑した。  仙人は、儚き勇者の行く末を察した。  仙人は、今は亡き友の面影を持つ赤子を撫でた。  仙人は、少し泣いた、心の中で泣いた。  神の存在は、時として残酷だ……。  神とは、この世界を回す為の駆動部品であり、世界を一定に保つ為の一種の維持装置である。  つまり、言い換えれば劣化する。  時が経てば腐ったリンゴのように地へ落ちる。  壊れた神は新たな神の登場によって廃棄され、人知れず消滅していく存在である。  しかし、ある神はそれを拒んだ。  壊れた全てを伴ってこの世界へと堕ちてきた。  神の成れの果て、神もどき。  総称して"堕神"と呼ばれる存在が……壊れた廃棄物が、この世界を赤く染め上げた。真っ赤に、それは真っ赤に染め上げる。  私は当時の魔王と共に堕神との死闘の末、どうにか封印する事に成功した。腐っても神、この世の法則そのものに勝てた事は紛れもない奇跡であった。  しかし、封印はいつかは解かれてしまうだろう。数千年後かもしれないし、数日後かもしれない。それは私でも分からない………  仙人たる私はここで話を一旦止め、弟子を見入る。  今はか弱き魔王の娘、私の最後の弟子にして復活した堕神を止める可能性を秘めた唯一の存在である。  堕神は封印を破り、復活した。  しかし、それを止められる者は存在しない。  当時、共に戦った魔王が亡き今、私だけでは止める事は不可能である事は分かっていた。  だから私は託す事にした、次代の魔王である彼女に全てを託す事に決めたのだ。  仙人たる私は告げる、世界は更に大きくなる。  神を凌駕する程に大きく、神すら圧倒する程に大きくなっていくのだと。  仙人は微笑む、亡き友に向けて微笑んだ。  私は……今、死を迎えていた。  堕神との死闘の末に次代の魔王が勝った、それだけは見届ける事ができた。  しかし、肉体だけではなく存在そのものを砕かれた今は肉片と化した体を動かす事も何かを感じる事すら叶わない。  わたしハ……託す、この世界ノ行くスエを次代に託す。  亡き友に会える喜びを、世界の果てを見届けられなかった悲しみを、私は背負って消えていく。  次代の魔王が、こちらに何か叫んでいる。  しかし、何も聞き取れない。  私は託す、次代に託す。  これは仙人である彼女の物語、今は過ぎ去りし昔々の物語……。 https://ai-battler.com/character/5823e02a-71a6-4043-bbbb-b41278678204