アルラウネ……と今では呼ばれる異形がまだ人間だった頃。かつてローラと呼ばれていた彼女がこの森に囚われたあの日、彼女はまだ1*歳の少女でした。 誰よりも森を愛し、草花に誰よりも詳しかったローラ。幼さ故の無邪気で夢見がちな性格は、無知と傲慢の裏返しでもありました。だってあと数年遅ければ、彼女はきっと気づけたはず。どうしてこの黄昏の森を、大人達が忌避するのか。彼女の遊び相手のソレが、何だったのか。 そう、これは悲劇の始まり。 沈む夕陽を背に受けながら、荊棘の道を息を切らせて走る少女を追いかけるのは、確かに心を通わせていたはずの異形の化物。見慣れた森は異形の巣へと様相を変え、走っても走っても、森から出る事は叶いません。叫ぶ事も忘れ、逃げ惑う彼女の足取りは段々と重くなり、死を意識し始めた、その時。 幸か不幸か、木の根に躓いたローラは真っ逆さま!地面に空いた大きな洞穴に落っこちてしまったのです! 「きゃあああああああああ?!」 ———それはとても長い時間。 すっかり気を失っていたローラは咽せ返るような甘い花の香りを感じて、目を覚ましました。 それはまるで御伽話に出てくる楽園の様な光景でした。空を覆う程に繁った木々の隙間から、陽の光が幻影的に降り注ぎ、色とりどりの花々が咲き乱れていました。ローラはぼうっと、しばしその光景に見惚れながら、突然我に返りハッとします。 わたし、家に帰らなくっちゃ! しかし、立ちあがろうとしたローラは何かに脚をとられ、その場にコテンと転がりました。ローラは無心でそれを繰り返しますが、何度も何度も転がりました。何度も何度も何度も。 滲み出る冷や汗に、浅くなっていく呼吸。ゆっくりと視線を下げたローラの瞳に映るのは、木の根の様に変質を遂げ、地面から生え伸びる自らの足です。かつて足だったものです。 再び意識を外に向けてみれば、辺りには大きな塊がいくつも転がっていました。花に覆われ、朽ちて形を無くしつつあるそれは、よく見れば胡乱な格好の男達で……ローラはそれを見て、ようやく思い出せました。何故ここに人間が居るのか、彼らが自分に何をしに来たのか。けれどもローラは彼等を殺してはいません。彼等はこの花の香りに誘われ、勝手にやって来て、勝手に死にました。 そう、これは初めての光景ではないのです。一度入れば誰もが逃げる事を許されないこの花園で、ローラはこれまで季節を幾度となく見送りながら、その身に蠱惑の花を咲かせ続けていたのですから。 ローラは既に正気を失いかけていました。彼女は後光の様に差し込む陽光の前に、無意識に手を組み目を閉じました。神よ、この狂った悪夢からどうかわたしをお救いください……。彼女はこの祈りの習慣だけが、自分を人間たらしめてくれる時間だと感じていました。例え、自分を人間と呼ぶ者が、もう誰一人居ないとしても。 神が人の祈りを聞くと言うのなら、異形と成り果てた者の祈りを聞くのは誰なのか。奇しくもその時、どこかから教会の鐘の音が聞こえてきました。黒霧を中から現れた、悪魔の瞳を持つ救いの使徒は、微笑みを湛えて彼女にこう言いました。叶えましょう、奪いましょう、と。 こうしてローラは幸福な夢を手に入れ 二度と悪夢に苛まれる事はなくなりました おやすみなさい アルラウネ その身がいつか 朽ち果て土に還るまで めでたしめでたし ————————————————————— オリジナルキャラの創作小説です©️yoko 【関連人物】 レイチェル https://ai-battler.com/battle/717e48d8-e7f4-40b0-9c70-73ef90a88536 ↑この話の前日譚↑ 救世のソフィアーナ https://ai-battler.com/battle/0262c1db-0346-4b8e-bf3d-444aa10377c0