平和な山村だった。 このあたりは魔物の集落の確認報告もなく、獣やはぐれ魔物の襲撃に備える程度の防衛力しか備えていなかった。 だからこそ、いつの間にか行動範囲を広げていた山向こうのオークたちにとっては、格好の獲物に見えたのだろう。 オークは兵法を持つ。といっても単純なものだ。欲しいものにはたくさんの人数を割り当て囲む。適切な数などは考慮しない。山村はいつの間にかオークの大群によって包囲されていた。 ※※※ 偶然近くを放浪していた剣聖シゴウ・バイレンが事態に気付き駆けつけた時、全てが終わった後だった。 シゴウは村に居座る50にも渡るオークを瞬時に斬り伏せた後生き残りを探した。声をかけてもなんの反応もなかった。血と煙の匂いがした。 幼児を抱える母親の死体が目にとまった。 幼児がピクリと動いたようにみえた。 母から「声を出すな」と言われた子─アンナは忠実にその命令を守っていたのだ。 ※※※ 当時のシゴウが何を考えていたのかは分からない。 気まぐれだったのか、アンナに何かを見出したのか、アンナを引き連れて旅をした。 何年も後になって疑問に思ったアンナが聞いた時は、「お前は泣いて、剣を教えろと頼んだんだ」、等と冗談めかして答えられたが、アンナは信じていない。 ※※※ とにかく、旅は続き、実際生きるすべとして剣を学んだ。シゴウには学もあったので学も学んだ。旅の知識も覚えた。女の知識は無かったが、立ち寄る村々で可愛がられたのでなんとかなった。 シゴウの旅に目的はなかった。「剣の研鑽に適している」という程度のものだった。アンナは世界の様々なものを見た。 剣で解決できる問題をシゴウと共に解決した。 剣で解決できない問題はシゴウとともに涙した。 旅をして、旅に生きた。 ※※※ アンナが成人を迎えてしばらくの後。シゴウはアンナに決闘を挑んだ。 既にシゴウは老境を越えていた。衰えていく身体は既に剣を持つ役目を果たしたとシゴウは悟っていた。 「剣聖は剣に負けて終えるんだ」 ※※※ アンナは役目を果たした。 ※※※ 剣聖アンナ・バイレンの旅は続く。