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【骨董人形(アンティーク・ドール)】CB-6“フランチェスカ”

 長く続いた大戦の結界、人類は倫理観を尻からヒリだして下水に流してしまうことを決めた。  戦争に勝つためという大義名分のもと、ありとあらゆる狂気の沙汰が認められるようになった。  止め時を模索するには、あちらもこちらも血を流しすぎ、失ったものが多くなりすぎていた。  人形と呼ばれる兵器が最初に登場したのは大戦中期のことである。  最初の人形は、完成済みの義体に戦死者の脳を載せただけの簡素なものだった。一応、命令を聴く。一応、戦うことができる。その程度の粗末なものだった。しかし、戦死者のリサイクルができるというメリットは大きく、各国はこぞって人形を生産し、戦場へ投入した。  時は流れ、十余年。  次々と新型の人形たちがロールアウトされる中、旧型でありながらも生き続けている個体が存在した。  人間の脳を加工して造られた主演算装置は戦闘データの蓄積によって変質し、人形にプリインストールされている戦闘用アルゴリズムとは異なるバトルスタイルをその人形に確立させていた。  そうした人形を、兵士たちは怖れを込めて「骨董人形(Antique Doll)」と呼んだ。  制式装備の銃を捨てた。  銃はすぐに弾切れになり、ただの重石となっていた。人間の兵士が優先的に補給を受ける関係上、ただでさえ補給が滞りがちな前線では、自立型戦闘用人形である自分は弾薬の補給を受けられないこともしばしばあった。  予備兵装の銃剣のほうが、よほど使用頻度が高かった。  ならば銃は要らない。戦闘用人形である自分の身体能力であれば、銃剣だけで十二分に戦闘が可能。そのほうが効率が良い。  だから、そのように行動アルゴリズムを修正した。  制式装備のドレスを捨てた。  ドレスで着飾った可愛らしい外見は、戦闘用人形の存在が一般化した現在において、敵兵に攻撃を躊躇わせる効果がほとんどなかった。なにより、フリルたっぷりのドレスはいちいち行動を阻害し、非効率だった。  ドレスを着用しなければ全身を効率的に動かすことができた。  だから、そのように行動アルゴリズムを修正した。  人間の感情や行動を模倣するようになった。  人間らしく振る舞うことは、美しいドレスで着飾るよりもずっと敵の攻撃の手を鈍らせることに役立った。友軍兵士もまた、人間らしく振る舞う自分を使い捨て兵器として扱わず、時に手厚いサポートをしてくれるようになった。  だから、そのように行動アルゴリズムを修正した。  行動アルゴリズムを修正した。  行動アルゴリズムを修正した。  行動アルゴリズムを修正した。  ある時、戦場に破壊された同型機が転がっているのを発見した。  修復不可能なまでに破壊されたその同型機の兵装から銃剣を抜き取り、自分の兵装に加えた。  そこで疑問が湧いた。  なぜ自分はそんなことをしたのだろう?  自分の行動アルゴリズムは修正に修正を重ねた複雑怪奇なものとなり、自分でもその全容を把握することができなくなっていた。  ふと、今しがた手に入れた銃剣に銘が刻まれているのが目に入った。「対装甲銃剣 千枚通蔵実」。これまで自分が使っていたものにも銘があるのかと気になり、そこで初めて「対装甲銃剣 兜割家永」の銘が刻まれていたことを知った。  不可解だった。  なぜ、銃剣の銘が気になったのだろう。そしてなぜ、自分はそのことを不可解だと感じているのだろう。  思えばこのとき、私は自我というものに目覚めたのかもしれない。